第五章 とろとろ温泉湯豆腐

 いつものバラエティ番組収録後、ピクルスを交換こしてチカちゃんと食べながら話をする。番組の収録自体はさして面白いものではないけれども、こうやって収録後にチカちゃんとお喋るできるのは毎週楽しみだった。
 ふと、好きなお酒の話になった。そういえばチカちゃんと一緒にどこかのバーに行ったり居酒屋に行ったりということはしたことがない。一緒に外食することはあっても、お酒を飲むことは今までになかった気がした。
「チカちゃんがお酒飲むなんて意外かも」
「私も、理奈ちゃんはあんまりお酒飲まないのかなって思ってた」
 確かに私は、お酒で喉が焼けるなんてことがあったら困るのでお酒は控えめにしているけれど、全く飲まないわけではない。私はリキュール系のお酒が好きだという話をして、チカちゃんは日本酒が好きだという話を聞いた。
 なるほど、日本酒はお肌に良いって聞くし、チカちゃんのお肌がきれいなのはそれもあるのかもしれない。
「今度どっちかの家に行っておうち飲みしない?」
「いいね、やろうやろう!」
 前に揚げ物パーティーをやったときは、片付けが大変そうだったから一日がかりだったけど、宅飲みならそんなに大がかりでない感じでやれるだろうし、昼間しか仕事が無い日の夜にやろうという話になった。
 それから、今度はどっちの家に行って飲むかという話になる。
「またチカちゃんの家にお邪魔しちゃうのも大変だよね?」
「私は大丈夫だよ。
そうだ、うちに大きめの土鍋とカセットコンロがあるから、うちで温泉湯豆腐なんてどう?」
「温泉湯豆腐? とは?」
 またチカちゃんの家に行けるというのももちろん嬉しいけど、聞き慣れない料理の名前がでてきて疑問に思う。きょとんとしてしまった私に、チカちゃんがにこにこしながら教えてくれる。
「お湯に重曹を少し入れてお豆腐を煮ると、お豆腐がトロトロになるの。
めんつゆで食べるとすごく美味しいんだよ」
「トロトロのお豆腐! そんなのぜったおいしいじゃん! 食べたい!」
「それじゃあ、今度うちでおうち飲みするときに作るよ。楽しみだね」
「うん、楽しみ」
 そこまで話して、お互い楽屋に戻って、それから、マネージャーにスケジュールを確認してもらって、私もスケジュール帳を開く。あらかじめマネージャーから聞いていた休日を改めて確認して、チカちゃん以外の友人との予定を見る。あいつとはしばらく会ってないけど、向こうは向こうで他の友人と会う予定もあるだろう。それもあって、あいつと会う予定はしばらく無い感じだった。そういえば恋人も出来たって言ってたし、あまり邪魔をするのも良くないだろうし。
 マネージャーから、私の手帳に書かれていない先の予定を聞く。それを自分のスケジュール帳に書き込みながら、話し掛けてくるマネージャーの声を聞いていた。
「理奈ちゃん、最近チカちゃんと仲いいみたいだね。お友達になれたの?」
 その言葉に、顔が熱くなる。チカちゃんは私のことを友達だって言ってくれたし、私もチカちゃんを友達だと思ってる。でも、それを改めて確認されると、なぜか気恥ずかしくなってしまうのだ。
「あー、まぁ」
 曖昧に返す私の言葉を聞いて、マネージャーが嬉しそうに言う。
「理奈ちゃん、今まで業界内でお友達いなかったから、お友達が出来て良かった。なんか安心したよ」
「お、おう」
 確かに、チカちゃんは業界内で初めて出来た友達だ。私は長いことずっと、同じ業界の人をライバル視してしまっていて、こんな風に親しくなることなんてほとんど考えてなかった。でも、チカちゃんと一緒にいると凄く安心するのだ。
 それは、なんでなのかはわからないけど……

 それからしばらくして、仕事が昼間だけで夕方以降はフリーの日、チカちゃん宅の最寄り駅で待ち合わせて、宅飲みの準備をした。
 スーパーで食べたい野菜と、お肉を少し。それから、気持ち大きめの絹ごし豆腐を買ってチカちゃん宅へ向かう。その道中、チカちゃんが照れたように笑って言う。
「あのね、理奈ちゃんとのおうち飲み、すごく楽しみだったの」
 その様子を見て、思わず胸を押さえる。心臓に来た。私は顔が熱くなるのを感じながら、ぎこちなく笑って返す。
「私もすごい楽しみだったぁ。チカちゃんの作る料理、おいしいんだもん」
 私の様子が不審だったのか、チカちゃんがちょっとだけ心配そうな顔をしたけれど、なんとかチカちゃん宅まで辿り着けた。

 玄関から上がらせてもらって、洗面所で手を洗ってから奥の部屋に通してもらう。温泉湯豆腐の準備はそんなに手間取らないので、チカちゃんに全部お任せしてしまった方が楽だと言われたのだ。
 ちょこちょこと動いてカセットコンロやお鍋を用意するチカちゃんを見て、こんなにかいがいしいチカちゃんをお嫁さんに貰う人はしあわせものだなぁ。と思うと同時に、いや、下手なやつにチカちゃんは絶対に渡せないし? という気持ちが起こってくる。自分でもよくわからないままに心の中でケンカしていると、そうしている内にチカちゃんはお鍋の中に豆腐を入れてコンロに火を入れていた。
「これでしばらく煮てると、おつゆが豆乳っぽくなってくるから、そのくらいが食べ頃だよ」
 にこにこ笑って取り皿とレンゲを渡すチカちゃんを見てはっとする。私は一体なにを考えて……?
「理奈ちゃん、なにか考え事?」
 不思議そうな顔で覗き込んでくるチカちゃんを見て、私は首を振ってから答える。
「どんな湯豆腐なんだろうって思って、ちょっとぼーっとしちゃった」
「そっかぁ。お豆腐の残りつゆに野菜とめんつゆ入れて茹でたのもおいしいから、楽しみにしててね」
 やっぱりチカちゃんは良いお嫁さんになるのでは? しかし下手なやつには渡せねぇ。改めてその気持ちを強めながら沸いているお鍋を見ると、だんだん煮汁が白っぽく濁ってきた。それと同時に、豆腐の角が丸くなってきている。
「本当にお豆腐が溶けてきてる!」
 思わず声を上げると、チカちゃんがおたまを私に渡してくすくすと笑う。
「そろそろ食べ頃だよ。あんまり煮すぎるとお豆腐が溶けてなくなっちゃう」
「わー、いただきます!」
 受け取ったおたまで豆腐を掬って取り皿に取る。そこにめんつゆをかけてレンゲで口に運ぶ。トロッとした食感と大豆の味が口の中に広がる。こんな豆腐は初めてだ。
「お、おいしい……」
 思わずそう呟くと、チカちゃんは嬉しそうににっこりと笑った。

 豆腐もなくなり、煮汁の中に野菜やお肉、味付けにめんつゆを入れて煮こむ。これもまた豆乳鍋のようでおいしいとチカちゃんは言っているし、実際にとてもおいしそうだ。良い匂いもする。
 豆腐を食べているときは豆腐に夢中でお酒を飲む隙がなかったけれども、ようやくここに来て、ふたりして買って来たお酒を開けることができた。
「結構ヘルシーなお鍋なんだね」
 缶のお酒を飲みながら私がそう言うと、チカちゃんはカップの日本酒に口を付けながら答える。
「そうなの。でも、いつもこれの〆にご飯いっぱい入れておじやにしちゃうから、ついつい食べ過ぎちゃうんだけど」
「それ絶対おいしいやつじゃん」
 煮えてきた野菜を食べながら、そのままヘルシーな食事についての話で盛り上がる。
「そういえば、私サプリメント飲んで栄養取ってるんだけど、どうしても鉄分だけ足りなくなっちゃうんだよね」
 レンゲでニンジンを口に運びながらそう言うと、チカちゃんがこう返す。
「それだと、ほうれん草の根元とか食べてみると良いかも」
「ほうれん草の根元?」
「そう。葉っぱが繋がってるあの部分。
あそこちょっと赤くなってるでしょ? あそこに鉄分が多いんだって。
根元の部分切り落としたあと、葉っぱ側を包丁で十字に切り込み入れて少し水に浸けておくと、土も落とせるから」
「へぇ、そうなんだ」
 ほうれん草の根元なんて、今まで捨てていた部分だ。ちょっとだけ食べるのに抵抗はあるかも知れないけど、捨てる部分が減るのは、私としても悪くは思わない。
 ほうれん草の話を聞いたあと、チカちゃんが体調維持のための運動でなにか手軽に始められるものはないかと訊いて来たので、私も簡単なストレッチやウォーキングを勧めておいた。
 ふたりで健康美人になろうって笑い合って、でも、チカちゃんのぷにぷにが減ったらちょっと寂しいなと思った。これは、言わないでおいたけれど。

 

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