第七章 襲撃

 エルカナ達が熊を狩ってきた日の晩、このところずっと踊り続ける村人の診察と、不安に思う村人の家族の相手をしていたミカエルはさすがに疲労困憊で、錬金術の研究をしているどころではなくなっていた。
 新たにやって来たエルカナとマルコの宿は、ミカエルの家だ。本当は村長がこのふたりも家に泊めたかったようだけれども、村長の家の部屋はすでにルカとウィスタリアで埋まっていたので、なんとか言い聞かせてミカエルの家に泊めることにしたのだ。
 ミカエルの家に泊めることにしたのは、部屋が埋まっていたという以外にも、村長とエルカナを一緒にしておいたら揉め事が起きるのではないかという懸念もあったからなのだけれども。
 エルカナとマルコを客室に案内した後、ミカエルは自室に戻りベッドに潜る。とにかく瞼が重かった。
 しばらく掛布のぬくもりに包まれていると、突然、家の玄関を誰かが激しく叩く音がした。
 どうしたのかと飛び起き、ミカエルは急いで玄関へと向かう。同様に、エルカナとマルコも起きて居間にやって来た。
 玄関を開けてミカエルが応対する。
「どうしたんだい?」
「先生、大変なんです。
夜盗がいっぱいやってきて、村を荒らしてるんです!」
 その言葉を聞いて、ミカエルはエルカナの方を振り返る。
「わかりました。行きましょう」
 エルカナは頷いて客室に戻り、クロスボウを持ってきて玄関から飛び出した。ミカエルとマルコも、村のようすを見るために飛び出す。
 村の中へと行くと、どうやら夜盗は踊り病にかかった村人の家を狙って襲っているようだった。
 村人はみな怯えて家に籠もり、襲われている家からだけ悲鳴が聞こえてくる。
 そんななか、夜盗に立ち向かっているふたりの人物がいた。ルカとウィスタリアだ。
 ふたりはどこで拾ってきたのか、籠いっぱいに積んだ石を夜盗に投げつけ応戦している。特にルカの腕前はたしかで、一石一投で夜盗をひとりずつ確実に打ち倒していた。
 しかし、それでもふたり対多数だ。全く手が回っていない。
 そこに、エルカナが昼間、熊を狩るために森に持っていった矢の残りをクロスボウにつがえて夜盗を狙い撃つ。月と星しか照らさない夜空の下でも、エルカナが放った矢は確実に夜盗の脚や腹を射貫いた。
 しかし、そのことで夜盗は逆上したようだ。しっかりとした身体付きのルカとウィスタリアよりも、華奢なエルカナの方が捕らえやすいと思ったのだろう。人質に取るつもりなのか、数人がエルカナの元に駆け寄ってきて腕を掴んだりして押さえ込んだ。
 藻掻いているエルカナの手からクロスボウが落ちる。
 丸腰でなにもすることもできずにミカエルとマルコがその様を見ておののいていると、突然、エルカナを押さえ込んでいた夜盗が呻き声を上げて倒れていった。
 倒れた夜盗をミカエルが見てみると、頭部からの出血がある。
「大丈夫ですか!」
 その声の方を向くと、石を手に持ったルカがこちらを向いていた。どうやら、夜盗はルカの投石で倒されたようだった。
 身体が自由になったエルカナはクロスボウを拾って構え直し、返事をする。
「おかげさまで。私も応戦します」
 エルカナが戦線に復帰したところで、ウィスタリアがミカエルとマルコに言う。
「ふたりは襲われた家を見てください!
他の夜盗はこちらで引きつけます!」
「わかった、頼んだよ」
 ミカエルはマルコと一緒に、夜盗が荒し終わった家から順に見ていく。どうやら村人は大人しくしていたようで、家具が荒らされただけで怪我人は出ていない。
 不安そうにしている村人に、マルコが優しく声を掛ける。
「駆けつけるのが遅くなって申し訳ありません。
今、我々が夜盗に応戦していますので、安全のために今しばらく、ここでじっとしていてください」
 マルコの穏やかな声と雰囲気で安心したのだろう。村人は泣きながらマルコの服の裾を掴んでいる。
「修道士様、どうか我々をお救い下さい」
「できる限りのことはします。ですから今は、ご自分の安全を最優先にして下さい」
 村人とマルコのやりとりを聞きながら、ミカエルは家の中をぐるりと見渡している。そこでミカエルは台所にある袋に目を留めた。
「夜盗を退治するのに借りたいものがあるのだけれど、いいかな」
 ミカエルがそう言うと、村人は頷きながら返す。
「どうぞ、どうぞ。あいつらを追っ払えるならなんでも持っていってくださいな、先生」
「そうか、恩に着るよ。
ちゃんと後で返済するから安心しておくれ」
 そう言って、ミカエルは台所にあるライ麦粉の入った袋を抱え、マッチをポケットから出す。
「それを、どうなさるんですか?」
 マルコの疑問に、ミカエルはこう返す。
「すぐにわかりますよ。
それよりマルコさんは、村人の心を慰めてあげてください。
どうやらこの役割は僕よりもあなたの方が向いているようだ」
 そう言い残して、ミカエルは村人の家を出る。それから、夜盗達の風上に立ち、村の中で夜盗に応戦している修道士達に声を掛けた。
「三人とも、すぐに僕の後ろに下がってくれませんか!」
 ミカエルの言葉に、応戦していた三人はすぐさまに振り向いて、ミカエルの後ろに下がる。
「なにをするつもりなんですか?」
 ルカの問いに答える間もなく、ミカエルは持っていたライ麦粉の袋を開け、強く吹いた風に乗せてライ麦粉を舞わせる。
 ライ麦粉が夜盗に覆い被さったところで、マッチに火を付けてライ麦粉の煙の中に放り込む。
 すると、瞬く間に炎が回り爆発が起こった。夜盗の悲鳴が響き渡る。
「なんだこれ!」
「魔法ですか?」
 ウィスタリアが驚きの声を上げ、エルカナが疑惑の視線を向けてくる。
「やはりあなたは魔女……」
 そう言いかけたエルカナに、ミカエルはすぐさまに返す。
「これは科学です。
細かい可燃性の粉が宙に舞っているところに火を着けると、粉が次々に発火して爆発となるんです。
誰でもできる芸当で、魔法ではないですよ」
 ここで魔女の疑いをかけられたらたまったものではない。ミカエルは以前エルカナに拷問にかけられたときのことを思い出しながら、先程の爆発の原理を説明した。
「な、なるほど?
では、あなたは魔女ではないのですね」
 原理を理解できたかどうかはわからないけれど、とりあえずエルカナは納得したようだ。
 そのことに安心していると、他の家を荒らしていた夜盗達が集まってきてミカエル達を取り囲んだ。
 ルカとウィスタリアが投石で、エルカナがクロスボウを射かけて応戦する。けれども、籠に積んだ石も矢も、数に限りがある。
 ミカエルの手元にはマッチがまだ残っているけれども、こうして夜盗に囲まれてしまうと、ライ麦粉や小麦粉を民家に取りにいけないので、先程の粉塵爆発の手は使えない。
 倒れた夜盗から武器を奪って応戦するか。しかし、武術のたしなみがない自分にそんなことができるのか。
「くっそ、きりがないな」
 忌々しそうにそう呟いたウィスタリアが、持っていた石を夜盗に投げつけ、夜盗の剣を奪い取る。
 奪い取った剣を構え、ウィスタリアは軽やかにステップを踏む。そしてまるで踊るようにしながら夜盗に斬りかかった。
 ミカエルも悩んでいる余裕はないと、ウィスタリアが倒した夜盗から武器を奪い構える。戦うことはできなくとも、威嚇にはなるはずだ。
 それでも夜盗は後から後から沸いてくる。
 一体どれだけの夜盗が集まってきているのか。籠の中の石も矢も尽きた。ルカとエルカナも武器を奪って構える。
 すると突然、暗いはずの夜空から光が降り注いだ。

 

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