第八章 天使降臨

 空から降り注いできた光に、ミカエル達だけでなく夜盗達も、なにごとかと空を見上げる。すると、全員の目に入ったのは光り輝く翼を背負い、羽を模った仮面を着けた、修道女姿の天使だった。
「天使様……?」
 そう呟いて、ミカエルとルカが胸元で十字を切る。ウィスタリアは呆然と天使を見上げ、エルカナは持っていた剣を夜盗達に向けて口を開く。
「観念しなさい。天使様が現れてくださったからには、あなた達に勝ち目はありません」
 エルカナの言葉に夜盗達が怯んでいると、空を飛んでいた天使が地上に降り立ち、腰から光でできた剣を抜き、夜盗達の首を切り付けていく。
 突然の天使の襲来に夜盗達は逃げ惑う。その夜盗達を天使は容赦なく切り捨てる。切り捨てられた夜盗は、為す術もなく倒れ込んでいった。
 けれどもどうしたことだろう、夜盗達は確かに首を切り付けられているのに、首と胴体が離れるどころか傷ひとつ付いていない。
 ミカエルがそのことを疑問に思っていると、それを察したのかエルカナがこう言った。
「天使様の武器は、人を傷つけるためのものではありませんから」
「……なるほど?」
 それならば何故夜盗達が次々と倒れているのかがわからないけれど、錬金術師であるミカエルよりは修道士であるエルカナの方が天使についてのことは詳しいだろうと、ひとまず納得しておくことにした。
 粉塵爆発に巻き込まれていなかった夜盗達のことをすべて成敗し終えた天使が、身を寄せたまま武器を構えていたミカエル達四人に頭を下げ、声を掛けてくる。
「駆けつけるのが遅くなってしまい申し訳ありません。
夜盗達はこれで全部ですか?」
 天使に頭を下げられるなんてとルカとウィスタリア、それにミカエルは恐縮したけれども、エルカナはそういったようすも見せず天使の言葉に返す。
「これで全員かどうかはわかりません。村中を確認してみないと。
それと」
「それと?」
「もしお手間でなければ、天使様がいらしてくれる前に倒した夜盗達にも、天使様の裁きを与えていただきたいのです」
 エルカナの言葉に天使ははっとして言う。
「それもそうですね。
わかりました。そちらの方もやりつつ、村の中を確認いたしましょう」
 天使は早速、粉塵爆発で焼かれた夜盗や、投石で倒された夜盗、矢に射貫かれた夜盗達の首を光の剣で切り付けながら村の中を進んでいく。
 自分たちも村人のようすを確認しようと天使の後を付いて行くミカエル達。天使の後ろ姿を見ながら、ミカエルはエルカナに訊ねる。
「エルカナさんは、何故平気で天使様とお話ができるのですか?」
 その言葉に、エルカナは口を噤む。
「あなたは、天使様に戒められたことがあるのに」
 ミカエルがそう言うと、エルカナは少し黙り込んでからこう答えた。
「天使様の問いかけに、お答えしないわけにはいきませんから」
 ふたりでそうやりとりしている傍らで、ウィスタリアが天使に訊ねる。
「天使様、天使様が倒した夜盗は死んでいるのですか?」
 ウィスタリアも夜盗に傷がないことに気づいて疑問に思ったのだろう。その問いに、天使は軽く振り向いて答える。
「死んではいませんよ」
「それじゃあ、放っておいて大丈夫なんですか?」
 その問いに、天使は優しく返す。
「大丈夫です。この剣で斬られた者は、そのなかから悪心が消え去りますから」
 天使はすこし歩みをゆるめ、エルカナを見てからまた前を向いて歩調を戻し、夜盗に襲われたらしき家を回っていく。
 住人が無事に生きていた家では、天使が来たからもう大丈夫だと安心を与え、住人が殺されてしまっていた家では弔いをする。
 それを繰り返しているうちに、外がまた騒がしくなってきた。なにかと思ったら、天使の存在に気づいた村人達が集まってきていたのだ。
 天使が村人達に訊ねる。
「みなさん、ご無事ですか?
村の中にはもう夜盗はいませんか?」
 その声に答えたのは、村人達の慰めをしていたマルコだ。
「夜盗は全て、天使様に倒していただけたようです。
今ここに集まっているみなさんは、全員無事です」
 そう言ったマルコが天使に跪くと、村人達も跪く。村人達の安全が確認出来たミカエル達も跪いた。
「ああ、天使様……この村にも天使様の救いがあったのですね……」
「きっと、修道士様達が天使様を呼んでくださったんだ……」
 村人達の感嘆の声に、天使は戸惑ったようすでエルカナを見てからこう言った。
「困っている人達を見捨てることはできませんから。これも私の当然の勤めです」
 天使の言葉を聞いて、村人達は縋るように懇願する。
「それでしたら天使様、この村にかけられた呪いを解いてください」
「呪いをかけた魔女を成敗して下さい」
 その言葉に天使は困惑したようすでまたエルカナを見る。すると、エルカナが胸の前で十字を切ってこう言った。
「どうか天使様、この村の人々にかけられた、望まぬままに踊り続けるという呪いを解いてください」
 エルカナの訴えに、天使は片手を軽く上げ、微笑んで答える。
「あなた方が善い行いを心がけるのであれば、計らいましょう」
 救いとも取れるその言葉に、村人達はみな平伏した。

 その後、念のためもう一度村を巡回してから、天使がエルカナと話がしたいと言ったので、ミカエルは修道士達と共に自宅へと天使を案内する。
 その道中、村人達に羨んだ視線を向けられたけれども、天使のこの言葉に村人達はみな大人しくなる。
「私はこれから、この方達に呪いを解く術を授けます。
ですのでしばし、近寄らないようお願いします」
 これで全員が納得したかはわからないけれども、とりあえず村人達は近寄らないでくれているようだ。
 家の中に入り、ミカエルは天使に椅子を勧め、他の四人は立った状態で天使に訊ねる。
「天使様、一応僕の方で呪いを解く手筈は整えているのですが、さらに祝福を授けていただけるのですか?」
 すると天使は、申し訳なさそうにこう返す。
「実は、呪いのことは存じ上げていなかったのです。
本当に、この村に呪いをかけた魔女がいるのですか?」
 天使の言葉に、エルカナ以外の四人が驚いたような顔をする。
「天使様でもご存じなかったのですか……?」
 マルコが呆然とそう呟いた後、ミカエルがちらりとエルカナを見てから、天使にこう説明する。
「おそらく、誰もこの村に呪いをかけてはいません。それですと、天使様がご存じないのも道理でしょう」
 ミカエルの言葉に、天使は少し俯いて訊ねる。
「それだと、望まぬままに踊り続ける人がいるというのは何故なのでしょう。
呪い以外でそのようなことが起こりえるのですか?」
 その問いにミカエルがまた答える。
「原因は、おそらく栄養失調です。
症状が出ていない他の街とこの村の食糧事情を比較した結果、この村には動物の脂が圧倒的に足りていません。
なので、動物の脂に含まれるなんらかの栄養が欠乏して、錯乱と行動の異常、それにもしかしたら体の痛みも発症しているのでしょう」
 ミカエルの説明を天使はなんとか飲み込もうとしているようだ。少しの間黙り込んだ後、天使が誰ともなしに訊ねる。
「あの……治す手筈は整えていると仰っていましたが、もしその症状が治らなかったら、どうするのですか?」
 ルカとウィスタリア、それにマルコがミカエルの方を向く。ミカエルは考えあぐねる。
 そこで、天使の問いに答えたのはエルカナだった。
「天罰ということにするほかありません」

 

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