第五章 街からの使い

 ひとしきりやることをやったミカエル達は、家の外に人が集まっている気配を感じた。おそらく、村人達が不安に思ってルカとウィスタリアの言葉を持っているのだろう。
「先生、修道士様達はなんとおっしゃっていますかね」
 家の外から大きな声で村長の声が聞こえる。ミカエルはウィスタリアの方を見て言う。
「それじゃあ、うまいことやっておくれよ」
「おう、任せろ」
 頼もしい返事をもらえたところで、ミカエルはルカとウィスタリアに事情の説明をしてもらおうと玄関のドアを開ける。するとやはり、外には少し遠巻きにして村長を筆頭に、村人達が集まっていた。
 ミカエルの前にウィスタリアが立って、少し大げさな身振りを交えながら口を開く。
「みなさん、突然かけられた呪いに不安に思っていることでしょう。
この村に呪いをかけた魔女がどこにいるかはわかりませんが、先程呪いを解くための材料の情報を、こちらのミカエルが他の街に手配いたしました。
すぐにでも呪いを解いて欲しいとお思いでしょうが、今しばらくお待ちください。
大丈夫です、神様のご加護は我々の元にあります」
 その堂々とした口ぶりに、村人達は指を組んだり、十字を切ったりして安堵の声を出す。
「呪いが解けるまで、私達もこの村で祈りを上げます。
ですから、ご安心下さい」
 ウィスタリアが話し終わると、村長が上機嫌な顔でウィスタリアに歩み寄って声を掛ける。
「呪いが解けるまでこの村にいらっしゃるのですね。でしたら、ぜひともうちを宿としてお使いください。
もう準備は整えてありますので」
 その言葉に、ウィスタリアはにこりと笑って一礼をしてからミカエルの方を振り返り、少々困ったような顔をする。ルカも少し困惑したようすだ。
「どうしましょう、我々は野宿するつもりで来ていたのですが……」
 小声でルカがミカエルにそう耳打ちすると、ミカエルは苦笑いをしてルカとウィスタリアに返す。
「修道士様が来るという話をしたら村長が張りきってしまって。
もし差し支えなければ、村長の家に泊まっていただきたいです。
野宿よりは安全でしょうし」
 それを聞いたルカとウィスタリアは顔を見合わせてから、ルカが一歩前に出て村長に一礼をして返す。
「ありがたい申し出です。お言葉に甘えて、お世話にならせていただきますね」
 すると村長は、ルカとウィスタリアに歩み寄ってルカの手を取る。
「ええ、ええ、何日でも泊まっていってかまいませんよ。
修道士様を迎えられるなんて、こんなすばらしいことは滅多にないのですから」
 村長は本当に、今の村の状態を理解しているのだろうか。ミカエルはそう思ったけれども、揉め事になるのも厄介なのでなにも口にしなかった。

 街のパトロン、オニキスに書簡を送ってから数日。その間もミカエルはルカとウィスタリアの手を借りて踊り出した村人をベッドに縛り付けたり、診察をしたり、修道士ふたりは村人に請われれば祈りを上げるなどしていた。
 そんな中、村人のようすを見終わったミカエルが村の入り口を通りかかったときに、外からふたりの人影が歩いてくるのが見えた。
 村まで辿り着いたそのふたりのうち片方、ラズベリー色の髪を短くまとめ、真鍮の丸眼鏡をかけた修道服の男がにこやかに声を掛けてきた。
「こんにちは、この村の方ですか?」
「はい、そうですが、修道士様がこの村にどのようなご用件で?」
 まさか追加で修道士が来るとは思っていなかったのでミカエルは驚く。驚いた理由はそれだけではない、もう片方の修道士、若草色の短い髪がうつくしい顔を縁取っている、華奢な男の方にミカエルは見覚えがあった。
 彼はかつて、魔女としてミカエルのことを拷問にかけた修道士だ。
 その、若草色の髪の修道士が一礼をして言葉を返す。
「領主様とオニキス様からの依頼で、ふたつの街の食糧事情を調べた書簡をお持ちしました。この村で今、それが必要になっていると伺ったので」
 それから、修道士は少し気まずそうにこう言った。
「お久しぶりです」
「ああ、お久しぶりです」
 どうやら修道士の方もミカエルのことを覚えていたようだ。
 ミカエルは周囲を見渡し、新しく修道士が来たことに村人が気づきはじめているのを察して、こちらを見ている村人ににこやかに言う。
「修道士様が、呪いを解く手立てを持ってきてくれたよ。
僕に話があるみたいだけれども、修道士様が来たということを村長に伝えておいてくれないかな」
 すると村人は、よろこんだ顔をして村長の家の方へと走って行った。
 それから、ミカエルは修道士ふたりを自分の家へと案内する。その道中、眼鏡をかけた修道士が、もう片方の修道士になにかを訊ねている。
「エルカナさん、この方とお知り合いなのですか?」
「実は、だいぶ前にこの方を魔女裁判にかけたのですが、無罪でした」
「ああ、なるほど……」
 エルカナと呼ばれた修道士の言葉に、眼鏡の修道士は安堵したようにも聞こえる複雑な声を出す。
 そうしているうちにミカエルの家に付いたので、ふたりを居間に案内する。すると、少し遅れてルカとウィスタリアもやって来た。
 修道士達をテーブルに着けさせ、ミカエルは側に立っている。そこに、眼鏡の修道士が手紙を差し出してこう言った。
「申し遅れました。私は書簡を預かってきたマルコと申すものです。こちらが、オニキス様から送られてきた書簡と、領主様からの書簡です」
 ミカエルはマルコが差し出した書簡を受け取り早速広げる。
「ありがとうございます。見た感じ、いくつかの街の食糧事情が書かれているようですが」
「領主様の意向で、複数の街の情報を集めたそうです。そのため、少々時間が掛かりました。ご容赦ください」
 そのやりとりを聞いていたエルカナが、厳しい表情でミカエルに訊ねる。
「しかし、踊り出して止まらないだなんて、やはり魔女の仕業なのではないですか?」
 ミカエルが説明しようとすると、マルコが口を挟む。
「人が突然踊り出すということは、昔からよくいわれていることです。
踊りながら死んでいって、呪いなのだろうと」
「それならば魔女を」
 意気込んで立ち上がろうとしたエルカナに、ウィスタリアが慌てて言う。
「いえ、あの踊り病に掛かった人でも、助かる人はいるんです。
ミカエルが言うには、呪いではなく病気らしいんですけど」
 ウィスタリアの言葉に、ルカが続ける。
「その病気を治すためのものを探るために、この度街の食糧事情を伺うということになったのです」
 ウィスタリアとルカの言葉にエルカナは納得がいっていないようだけれども、マルコは眼鏡越しにミカエルをじっと見て言う。
「呪いではなく、治る病気なのであれば治療法を記録しておきたいです。
ですが、そもそもでなにが原因で踊り出すのでしょうか」
 その問いに、ミカエルはエルカナのことを気にしながら返す。
「原因は、栄養失調です。
栄養失調による錯乱と、もしかしたら体の痛みもあるかもしれません。
もっとも、村の人達に説明するには難しい内容なので、呪いということにしていますが」
「なるほど、そうなのですね」
 マルコは栄養失調と聞いてすぐに納得できたようだけれども、エルカナが納得できていないようだったので、ミカエルはざっくりと栄養の偏りについて説明する。それでようやくエルカナも合点がいったようだった。
「そうなのですね。それで他の街と食糧をくらべてなにが足りないかを炙り出すつもりだったのですか」
「その通りです」
 ここまでのやりとりを聞いて、ルカが難しい顔をする。
「しかし、足りないものがわかったとして、この村にはないから足りないのでしょう?
どうするおつもりで?」
 ルカの言葉に、ミカエルはにこりと笑う。
「他から調達するしかないですね」
 他から調達する余裕がこの村にあるかはわからないけれども、それしかないのだ。

 

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