第四章 奇病の原因

 ミカエルの言葉に、ルカとウィスタリアが驚いたような、不安そうな顔をして言う。
「原因とはなんですか?
やはり魔女の呪いでしょうか」
「呪いにしても、本当に解けるやつ?」
 ふたりの疑問に、ミカエルは静かな声で返す。
「呪いではなく、おそらく栄養失調だね。
改めて村人のようすをしっかりと診てみたら、動いて止まらなくなった村人はみんな、瞳の動きが栄養失調のものだった」
「栄養失調……」
 予想外の答えだったのだろう、ルカが呟いて手に持っていた籾殻入りの袋を揉む。それから、居間から見える台所の方に目をやってから訊ねる。
「この村では食料が足りないのでしょうか?
でも、それにしては村の方が飢えている様子はないし……」
 不思議そうにするルカに、ミカエルは溜息をついて言う。
「そうだね、この村は村人が飢えるほど食料が足りないわけではないけれども、豊富というわけではありません。
きっと、この村で採れる食料ではまかなえなかった、なにかの栄養が足りないのでしょう」
 それを聞いて、ウィスタリアはきょとんとした顔をする。
「でも、ごはんを食べられてるのに栄養が足りなくなることなんてあるの?」
 ウィスタリアの疑問ももっともだ。ミカエルはその疑問にも返す。
「食材ごとに含まれている栄養は違うからね。
お腹が膨れていたとしても、偏ったものしか食べていないと自然と足りない栄養は出てくる。
例えば、お腹いっぱい食べたとしても、長期間高度に精製された小麦だけを使った白パンばかりを食べていると、手足が痺れたり筋力が衰えたりという症状が出る。
これは小麦粉に含まれていないある栄養が足りなくて起こる症状だ」
 ミカエルの説明に、ウィスタリアもルカも難しい顔をする。
「う、うん?」
「そういうものなのですか?」
 どうにもピンときていないようすのふたりだけれども、少し考えてからルカが言う。
「でも、栄養が足りないのが原因なら、その足りないものを補えばいいということですよね?」
「そういうことです」
 ふたりのやりとりを聞いて、ウィスタリアがミカエルに訊ねる。
「それじゃあ、どんな栄養が足りないかはわかる?」
 その問いに、ミカエルは頭を振る。
「現時点ではわからない。
だから、あの現象が起きていない他の土地の食糧事情と、この村の食糧事情を付き合わせてなにが足りないのかを検討したいところだね」
「なるほど?」
 ミカエルの説明にウィスタリアはまだ理解が追いついていないようだけれども、解決の手だではありそうだというのはわかったようだ。ルカも似たような感じだけれども、それならばとこう提案する。
「でしたら、オニキス様に書簡を送って街での食糧事情を教えていただきましょう」
「そうだね。できれば他の街の情報も欲しいところだけれども」
 そう言ってミカエルは立ち上がり、ふたりに断りを入れてから自室へと行き、羊皮紙を取り出して手紙をしたためる。パトロンであるオニキスが住んでいる街での食糧事情と、できれば他の街の情報も欲しいという旨を書いて伝書鳩の脚に括り付け、空へと放つ。
 伝書鳩を見送ってから居間へと戻り、ミカエルはまたテーブルに着く。
「手紙を送ってきたよ。僕が要求したことを調べるのに時間はかかるだろうけれど、オニキス様なら確実に情報をくれるはずだ」
 そう報告をしてから、ミカエルはウィスタリアの方を向いて改めて訊ねる。
「ところでウィスタリア、昔の話を訊いてもいいかい?」
 その言葉にウィスタリアの表情が一瞬強張ったけれども、すぐに穏やかな表情になって返事をする。
「いいけど、どんな話?」
「音楽院にいたとき、あの村人達のように踊り出す人がいたと言っていただろう?
その人たちを治すのに、なにを食べさせていたのかを参考までに知りたいんだ」
「食べさせたもの? ああ、そうか……」
 斜め上を見て、難しい顔をしてウィスイタリアは昔のことを思い出そうとする。それから、少し自信なさげなようすでこう答えた。
「他のみんなと同じ食事だったかな?
ただ、その間に他の町に移動したりとか結構してたけど」
 ウィスタリアの言葉に、ミカエルは確認するようにまた訊ねる。
「他の街に移動したということは、食事の内容も変わっているんだよね?」
「うん。小さいところだと、町ごとに食べられるものが違うから」
「なるほど」
 やりとりを聞いていたルカが、ミカエルに訊ねる。
「やはり、食事が原因なのでしょうか」
「そうだね。食事の内容が変わったことで、足りなくなっていた栄養が補完されていたんだろう」
 そこで、ウィスタリアがこう付け加える。
「たしかに、似たような食事が続いた後、ある町で食べ物が変わって、それからしばらくしたら治ってた気がする」
 ウィスタリアの言葉に、ミカエルは頷く。
「それなら間違いなく、あの踊っているように見える動きは足りなくなっているある栄養さえ摂れれば治る。
それが一体なにに含まれているかがわかれば、手立てもあるだろうね」
 ミカエルの推測を聞いて、ルカは感心したようすで籾殻の詰まった袋を揉む。
「そこまでわかるなんてさすがですね。
こんな小さな村に、こんなに聡明な医者がいるなんて、意外です」
 それを聞いたミカエルはどう返したものかと思う。医者としての仕事もしてはいるけれども、本業は錬金術師だ。それをここで言ってしまっていいものかどうか。少し考えて、特に言わなくても今回の件には差し障りがないだろうと、とりあえずにこりと笑って左手の火傷痕を見せ、こう返す。
「伊達に魔女の疑いをかけられたわけではないよ」
「わぁ、えぐい」
 それが拷問の痕であるというのを見て取ったのか、ウィスタリアが驚いたような声を出した。ルカもさすがにこの話には驚いたようだ。
 少しだけ気まずい空気が流れたけれども、難しい顔をしてルカが言う。
「それにしても、今回の件は実は呪いではなかったと村人達に伝えるべきでしょか」
 それはもっともな疑問だ。
 呪いでないとわかれば、村人達が安心する可能性はある。
 けれども、あの奇病を治す手立てがまだ完璧にはわかっていない状態で病気だと知らせるのもリスクはある。病気であるのなら、ミカエルの手で治せるものと思った村人が押し寄せるだろうし、すぐにはなにも処方できないとなれば、それはそれで暴動が起きかねないし、それこそミカエルが焼かれかねない。
 ここでミカエルが焼かれてしまったら、それこそあの奇病を治すことのできる者がいなくなってしまう。それは避けたい。
 しばらく考えを巡らせてから、ミカエルはこう決断する。
「あれは魔女の呪いということにしておこう。
病気でしかも薬となるものがまだないとなったら村人は納得しないと思う。
けれど、魔女の呪いということになっているのであれば、修道士様がこの村にいるということで、しばらくの間は村人を落ち着かせることができる。
それで時間を稼いでいる間に、薬となるものを突き止めよう」
 それを聞いて、ルカもウィスタリアも頷く。理解出来ない病が蔓延ったときに、人々が予想も付かないことをすることがあるというのをなんとなく察したのだろう。
 ミカエルがルカとウィスタリアを見据えて言う。
「なので、ふたりにはしばらくの間時間稼ぎをしていただきたい。
できますか?」
「時間稼ぎ……ですか?」
 ルカは不安そうにしているけれども、ウィスタリアは堂々と答える。
「はったりなら任せて。伊達に舞台に立ってたわけじゃないよ」
「ふふふ、頼もしいね」
 とりあえず、当面の方向性が決まったところで、三人は村人達にどう説明するかの相談をはじめた。

 

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