第七章 飲み会の席で

 夏の暑さも真っ盛りな頃、リンと奏に誘われて、飲み会をする事になった。

 リンも奏も他に友達がいるんじゃないかとも思ったけれど、 このふたりで飲みに行く時にお互いの友人をそれぞれ誘うとなるとなかなか大変で、 けれどもふたりだけだと少し寂しいと言う事でオレに声を掛けたらしい。

 勤にも声をかけたとのことだったけれど、勤は兄に飲みに誘われていたらしく、今回メンバーから外れているそうだ。

 なんというか、兄弟で飲みに行くっていう勤がなんとなく羨ましいような。成人前に家を飛び出して帰っていないオレは、 まだ未成年の妹はともかく、親とも一緒に飲んだことが無い。

 ちょっと気持ちが落ち込んだけど、折角の飲み会なんだし、テンション上げていこう。

 携帯電話で時間を確認して、出かけるために部屋着から着替え始めた。

 

 今回の飲み会、店のセレクトは奏がしたと言う事で、すっかり陽がくれた街中を、奏に先導されて歩いて行く。

 なんだろう、新橋集合って言われたから割と大衆的な飲み屋に行くのかなと思っていたのだけど、 ついて歩けば歩くほど、周囲の高級感が増していく。

 オレと同じような不安を感じたのか、リンが緊張した声で訊ねた。

「あのさ、どこに向かってんの?」

「カクテルバーですよ。リン先輩が甘いお酒が好きなので」

「カクテルバーかぁ」

 それを聞いて、カクテルバーがどんなところなのか想像する。オレが飲むようなきつめの酒って置いてるのかな?

 オレの疑問を察したのか、奏がちらりとオレの方を向いてにこりと笑う。

「イツキさんが好きな辛くて強めのお酒もありますから」

「そうなのか? やったぜ」

 ビルに囲まれた狭い道を暫く歩き、奏が周りを見渡して、足を止めた。

「このビルの七階に有るお店です」

 そう言って、入り口から中に入りエレベーターのボタンを押す。気のせいだろうか、さっきからずっと感じてるけど、 すごく高級そうな雰囲気がする。

 こわごわエレベーターに乗り、店へと案内される。エレベーターを降りた所に有るその店は、 随分とこぢんまりとしていた。

「いらっしゃいませ」

 挨拶をする店員に促され、オレ達はカウンター席に座る。右から、奏、リン、オレの順に並んだ。

 それにしても、こんな店来るの初めてだぞ。奏は慣れてるんだろうけど、 リンはどうなんだろう。そう思って表情を伺うと、緊張のしすぎか笑顔になっている。さらに向こうに視線をやると、 奏がきょとんとした顔をしてリンとオレを交互に見ている。

「あれ? リン先輩もイツキさんもどうかしましたか?」

「いきなりの高級っぽい店でどうしたもんかと思ってる」

「me too.」

 オレとリンのその言葉に、奏はようやく、オレ達がこう言う店に慣れていないのだと気づいたようで、 やらかしたと言う表情になる。

「す、すいません、そこまで気が回らなくて……

でも、ここでしたらどう言った味の物が飲みたいか、マスターに伝えれば要望通りの物を作っていただけるので」

「わぁ~い、高級感吹っ切れてる」

 奏の言葉にいささか混乱していると、リンは少し考える素振りを見せてからこう言った。

「まぁ、こう言う店に来るのも勉強のうちだと思って、予算の範囲で楽しもうか」

「なんか申し訳無いです」

 とりあえず、おつまみや飲み物の注文は奏に任せ、まずはこの場に慣れようと、オレとリンは神経を集中させた。

 

 出された酒は、奏の言う通りちゃんと好みを反映されたものだった。 お通しのドライフルーツを囓りながらちびちび飲んでいると、リンがオレにこう訊いてきた。

「そう言えば、イツキってひとり暮らしって聞いたけど、お盆とか実家帰った?」

 オレはカクテルをひとくち舐めて答える。

「オレは帰ってないけど、リンは帰ったん?」

「ぼくちゃんは一応顔見せには行ったよ」

 なるほどなー。やっぱ、余程仲が悪いとかでもない限り、 お盆は帰るもんなのかな。そう言えば勤もお盆は毎年実家にいるって言ってたし。

 まぁ、あいつの場合、お盆は実家が激務だから手伝いに行かないとってのも有るみたいだけど。

 オレ達のやりとりを聞いて、顔を赤くした奏がぼんやりと言う。

「イツキさんは、ご家族と不仲なのですか?」

「あ~……」

 痛いところを突かれた。別に不仲なわけじゃないけど、帰りづらい理由はさすがに話しづらい。

 そこで、ふと思い出す。そう言えばこの前、不慮の事故とは言え、 一番顔を合わせづらいステラに会って何事も無かった。それを考えると、 むしろ顔を見せに帰った方が父ちゃんも母ちゃんも安心するかも知れない。

「あ~、でもな~……」

 奏の質問に答えることなく曖昧な言葉間口から出る。

 いきなり飛び出して数年間顔も見せなかったオレのことを、どう思ってるんだろう。それが不安だった。

「不仲でないのでしたら、たまには顔を見せに行かれた方が、ご両親も安心すると思いますが」

「そうなんだよな~」

 奏の言葉が正論過ぎて反論できないけど、心の引っかかりは取れない。

 そうしていると、リンが奏に訊ねた。

「そう言えばお前は実家行ったの?」

 すると、奏は額で手を押さえて言う。

「いえ、僕は実家暮らしなんです。

ですけれど……そろそろひとり暮らしをしようかと思っているんですよね」

 妙に歯切れの悪い言葉に、なんだか複雑な事情を感じる。

「やっぱ、ひとり暮らしで気ままにやりたい?」

 リンのその問いに、奏は溜息をつく。

「気ままにと言いますか、実は今の僕の職が、両親は気に入らないみたいで……それで、少し家に居づらいのです」

「なんでや」

「今の職のどこが気に入らないって?」

 オレみたいな奴に比べたら、奏はよっぽどまともな仕事をしている。なのに、 なんで気に入らないって話になるんだろう。

 リンとオレの疑問に、奏がぽつりぽつりと事情を話す。

 なんでも、クラシックの歌手をやっていること自体は両親も悪く言わないというか、好意的なのだという。けれど、 声優の方が両親は気に入らないようで、いつまでもアニメなんかにかまけてるんじゃないと、 たまにチクチク言われるそうだ。

 まぁ確かに、オレ達の親世代に限らず、アニメに否定的なやつが多いのは知ってる。でもだからといって、 それを生業として生活をする人を否定して良いかって言ったら、それは違うと思う。

 そう思うのは、オレがアニメ好きだからかも知れないけど。

「そっか。ひとり暮らしの目処は立ってんの?」

 少ししんみりした顔のリンがそう訊ねると、奏は首をゆっくり左右に振る。

 なんというか、なかなかしんどいな……

 そんな奏を見ていたら、よく考えずに家を出るって言いだして、親もそれに協力してくれたのに、 一度も家に帰ってないオレは、すごくわがままで子供っぽいような気がしてきた。

「仲が、悪いわけではないのですけれどね……」

 溜息をついてドライフルーツを囓る奏は、心なしか泣きそうな顔をしている。ドライフルーツを口に含んだまま、 小さなグラスに入ったカクテルを口に流し込んでいる。

 なんだろう、楽しく飲みに来たはずなのに、妙にしんみりしてしまっている。オレも、多分リンも何も言えないまま、 暫く黙り込む。

 ふと、奏が呟いた。

「ああ、先輩に恋人になって欲しい」

「ちょっとそれは聞き捨てならねぇな?」

 突拍子もない奏の言葉に、リンがにっこり笑って返す。それを聞いて奏ははっとした顔をする。

「あ、すいません、リン先輩ではなく大学の先輩のことです」

「それはそれでなんでいきなりそこに話が飛んだのか気になるよ」

「ほんとかなー? ほんとかなー?」

 突然の発言に驚きはしたけれど、おかげで雰囲気が和やかになった。たぶん、 酔っててよくわかんなくなってただけだと思うけど、心の中でグッジョブを送って置いた。

 

†next?†