第一章 七海の場合

 ある休日前夜、夕食も入浴も済ませ、パジャマ代わりのTシャツとハーフパンツを穿いた女性が、 家の居間でソファに座りノートパソコンを覗き込んでいた。

 パソコンのディスプレイに表示されているのは、人形の写真が並んだSNS。

このSNSに登録している女性、桑原七海はかねてから人形仲間とオフ会をしたいと思っていた。

SNSのトピックスでは、時折オフ会の参加者募集がかかっている。けれども七海は、今まで参加出来ずに居た。

年齢が問題なのでは無い。七海は学生ではあるけれども、既に成人だ。

それでも、躊躇う理由がいくつか有った。

一つは、他のSNSで初めてオフ会に参加した時、質の悪い人が居た為怖い思いをした事が有った事。

もう一つは、人形のオフ会と言っても、人形自体の種類が多岐にわたる為、 言い方は悪いが派閥のような物が出来てしまっていて、なかなか馴染めそうに無い事。

 勿論、人形愛好家皆が皆頑なな訳でも無いし、悪い人ばかりな訳では無いのもわかっている。

それでも、何となく壁を感じてしまって、SNSで企画されているオフ会にはなかなか参加出来ずに居た。

 今日も、先日行われたというオフ会のレポートをSNSで読み羨ましく思っている。

楽しそうな画像付きレポートを見ている内に、溜息が出た。

「私もオフ会行きたい~。でも怖いよ~……」

 思わず泣き言が口を突いて出たその時、玄関が開く音がした。

ただいま。と言う声と共に玄関から入って来たのは、ゲーム会社に勤めている姉の琉菜。

忙しい時は帰ってきてもよれよれになっていてベッドに直行する琉菜だが、今日は余裕が有るらしく、 鞄をソファの脇に置き、七海の隣に座ってこう訊ねてきた。

「どしたん?

なんか元気ないけど、またネットで変なのに引っかかった?」

 どうしたと訊いてきては居るが、琉菜はあくまでもノートパソコンのディスプレイは覗き込まない。

そんな琉菜に、七海は事情を説明する。

オフ会に参加したいが、なかなか参加する勇気が無い事と、その理由。

 しょんぼりと語る七海の話を、琉菜は頷きながら丁寧に聴く。

愚痴や弱音が混じった七海の話を聴き終わった琉菜が言う。

「よし、じゃあ七海がオフ会企画したら良いじゃ無い」

 その言葉は、七海にとって予想外の物だった。

「え?でもお姉ちゃん、私オフ会の主催なんてやった事無いし、お店とか予約するお金も無いし……」

「大丈夫!誰だって最初は初めてだよ」

 そう言う物だろうか。しかし琉菜に大丈夫と言われても、 七海はすぐにオフ会を自分で開こうという考えにはなれなかった。

七海の様子を察したのか、琉菜は幾つか案を出す。初めてオフ会を主催するのに、どうしたら良いか。その案だ。

 琉菜から提示される案を聞き、七海もそれならこうした方が良い。と言う意見が少しずつ出せるようになってきた。

 そうして二人で話す事小一時間。気がついたら七海はオフ会を主催する気満々になっていた。

 

「オフ会参加者の条件は……」

 一頻り話が終わり、琉菜がお風呂に入っている間、 七海は早速SNSにトピックスを立ててオフ会参加者の募集記事を書いていた。

琉菜と話合った結果、一定の条件を守れる人のみに参加して貰った方が良いと言う事になり、 その条件を書き込んでいる所だ。

 その条件とはこう言った物だった。

一つめは、どの種類の人形を持っていっても許容出来る事。

二つめは、ナンパ行為の禁止。

三つめは、他の参加者が嫌がるような事は控える事。

 トピックスにこの条件を書き込んでいた七海は、ふと、これは当たり前の事なのでは無いだろうか。と思ったのだが、 この当たり前の事が出来ない人が存在するから今までオフ会に行くのを躊躇っていたのだ。

 条件を書き込み、次に書くのはオフ会の概要。

今回は未成年でも気軽に参加出来るよう、飲み屋や飲食費が高額になってしまう飲食店は使用しない。

その代わり、公営の公園でブルーシートを敷き、各人食べたい物を持ち寄って、 撮影よりも交流をメインにした物にする予定だ。

この場合、雨が降った時の事を考えなくてはいけないのだが、七海は昔から良く通っている公園で、 無料の休憩所が併設されている所を使えば良いだろうと、そう考えていた。

休憩所のキャパシティが足りるかはやや不安だが、初めて開催するオフ会にそこまで人は集まらないだろう。

「おほっふ。テンション上がってきた」

 トピックスにオフ会の概要を書き終えた七海は、興奮冷めやらぬと言った様子。

暫くSNSに載っている新着の人形写真を見ていたが、ソワソワしながらノートパソコンの電源を切り、自室へと行く。

 扉を開け部屋の電気を付けると、机の上に塗装用のブースとエアブラシ、レジンが注がれたシリコン型、 それから分解された人形の頭が置かれている様が目に入る。

「このカスタムっ子完成させて、オフ会に連れて行こう!」

 オフ会は一ヶ月先。しかも、今募集をかけ始めたばかりで参加者が集まるかどうかもわからない。

けれども、七海は初めての人形オフ会に期待を膨らませたのだった。

 

 それから三週間ほど経ち、募集を締め切った頃。オフ会参加者募集のトピックスには、 五人ほどの参加希望者の書き込みが有った。

「五人か~。

これくらいなら、当日雨が降っても休憩所の中に入りきるかな」

 初めての主催の割にはなかなかの応募人数だと思いながら、七海は参加希望者に当日の詳細と、 緊急連絡先をメールで伝える。

 そうしている間に、玄関を開ける音とただいま。と言う声が聞こえてきた。

三日ぶりに帰ってきた琉菜にオフ会の現状報告をしようかと一瞬思ったが、いかにも疲れた様子で自室に向かう琉菜を見て、 これは寝かさないと駄目だと思い、七海はノートパソコンに向き直った。

 

 オフ会の事務を一頻り終えた七海は、ノートパソコンを閉じ、自室で人形の服を着せ替えていた。

 華奢な体に、大きな頭の人形。七海はこう言った人形を何体も持っているが、その内数体は自らカスタムを施していた。

ウィッグを変えるだけでは無く、目を取り替えたり、自力でメイクをしたり、場合によっては口元を少し削っていたり、 なかなかに力の入ったカスタムだ。

「オフ会に連れてくのはこの子と、他誰にしよう。

あんまりいっぱい連れていくのは大変だし、場所食っちゃうからなぁ」

 ふと、背の低いタンスの上に並んだ人形を眺め、七海は難しい顔をする。

出来れば全部持っていって、オフ会に来る人達に見せたい。

けれどこの物量を持っていくのは大変だし、持って行けてもこの人形だけでブルーシートの大部分が埋まっていまう。

それに、どのタイプの人形でも受け入れられる人が来るにしても、一方的に自慢されるのは良い気分がしないだろう。

 七海はタンスの前で悩み、取っ替え引っ替え人形を手に取っては元に戻すと言うのを繰り返す。

「うにににに……難しい……」

 タンスの前で人形選びに苦心する事暫く。七海はようやく、オフ会に持っていく人形を決めた。

持っていくのは、最近カスタムし終わったばかりの人形と、初めてカスタムをして、 その後何度も手を加えている人形の二体。

片方は今洋服を着せ替えたばかりでオフ会の準備が出来ているけれども、 もう片方は少し季節外れの服を着せられたままだ。

なので、七海は早速もう片方の人形も、温かい今の季節らしい服装に着替えさせようと、 人形の服が入っているケースに目をやった。

 

†next?†