第二章 睡の場合

 ある休日、細長い大きめのバッグを肩から掛けた一人の女性が、電気街から少し離れた駅の入り口に立っていた。

 彼女の名前は森下睡。今日は中学の時から仲の良い、泉岳寺ステラという女性との待ち合わせでここに来ているのだ。

 駅の入り口に到着して数分、改札へと続く階段の下から、バイオリンケースを手に持った女性が登ってきた。

その女性に、睡が声を掛ける。

「ステラ、お疲れちゃん」

「よっす睡。もしかして待たせちゃった?」

「ううん、私も今来た所」

 ステラと合流した睡は、早速お昼ご飯を食べに行こうと言う話を出す。

その言葉に、ステラがポケットから地図を印刷した紙を出し、 このお店だよね。と睡に確認して、二人一緒に歩き出した。

 

 待ち合わせをしていた駅から数分歩いた所に有る、 黒っぽい内装で照明を少し落としている飲食店。二人の今日の目的はここだ。

この飲食店は個室があり、人目を気にせず食事や話が出来るのだ。

 早速店員に個室へと通して貰い、メニューを見る二人。

「何食べる?」

「うーん、そうだなぁ。

あ、この鷄飯って言うのが二人で食べられるみたい。これにしない?」

「そうだね。それで、足りなかったらまた別の物頼もう」

 二人は食べ物を決め、飲み物もそれぞれ選んだ後に店員を呼び、注文する。

そして、店員が個室から下がった所で、ステラが睡に言った。

「で、どんなお人形買ったの?

大きいお人形って聞いたけど、見たいな」

 その言葉に、睡は照れながら、持って来た大きな鞄を開け、中から自分の腕の長さと同じくらい身長がある、 カジュアルな格好の人形を取り出して、テーブルの上に座らせる。

「へぇ、綺麗なお人形だね」

 予想と違う物が出てきたのか、はたまた予想すら出来ていなかったのか、驚いたような顔をするステラに、 睡がはにかんで言う。

「こう言うお人形、昔から欲しかったんだ」

 睡は、中学生の頃にこう言った大きな人形が有るのを知り、ずっと憧れていた。

けれども、中学生の頃は勿論、高校生になってからもバイトが禁止だったので、 人形を買う為のお金を貯める為にバイトが出来るようになったのは、大学に入ってからだ。

 子供の頃から小さい着せ替え人形が好きではあったのだが、改めてこう言った綺麗な人形を目にしてしまうと、 どうしても欲しいと言う気持ちが抑えられなかったのだ。

 睡が持って来た人形に興味深そうな視線をやるステラに、そっと人形を渡すと、ぎこちない、 けれども丁寧に扱おうとしているのがわかる手つきでじっくりと人形を動かしている。

「おお……すごい。結構重いね。

こんな綺麗な人形、睡みたいな人形好きにはたまらないだろうね」

「まさかステラがそんな事言うなんて思わなかったな。

もっと興味無くスルーされちゃうかなって思ってた」

「まぁ、正直言うと自分で買う気にはならないけど、このお人形がすごいのはわかるよ」

 くすくすと二人で笑い合い、ステラの手から人形を返して貰った睡は、人形の髪の毛を手で軽く整えてから、 また鞄の中へ戻す。

それから、今度は睡がステラに訊ねた。

「そう言えば、この前大きな石買っちゃったんだって聞いたけど、どの程度大きい石買ったの?」

「うん、正直言って家に帰ってきてから自分で自重した方が良いと思った程度の物かな」

 そう言ってステラは、バイオリンケースをテーブルの上に乗せて開く。

その中に収められているのは、バイオリンでは無く、夥しい数の石。

ステラはケースの丸く膨らんだ部分に収まっている、握り拳よりも大きな石を取り出し、睡に見せる。

「え?この白い石はなんて言うの?」

 初めて見るような石に睡がそう問いかけると、ステラは嬉しそうな、少し困ったような笑顔で答える。

「オパールだよ。こんな大きいのそうそう無いと思ったら、我慢出来なくてね」

「そうなんだ。でも、綺麗な石だね」

 その大きなオパール以外にも、ケースの中に入っていた石を幾つか眺め、そうしている内に料理が運ばれてきたので、 二人は荷物を一旦しまい、食事を始めた。

 

 幾つかの器に盛られた具材を、ご飯の上に乗せ、だし汁をかけて食べつつ二人は取り留めのない話をする。仕事の話や、 学校の話、それに、最近なかなか会えない二人の友人の話。

「そういや、あの二人とは職場以外では余り会わないね。

うちで買い物してってくれるのは嬉しいけど、偶にはまた四人でどっかに遊びに行きたいね」

「そうだね。本屋さん巡りでも良いし、アクセサリーのパーツ屋さん巡りでも良いし」

 暫くそう言った話をした後、ふと、睡が思い出したようにこう言った。

「そう言えば実はね、私、最近お人形のSNSに入ったんだけど、 そのSNSの人が開催するって言うオフ会に参加してみたいなって、思ってるんだ」

「へぇ、オフ会ねぇ」

「なんか、色々なお人形を持ち寄ってって言う感じのオフ会みたいだから、 それに参加すれば色々なお人形を間近で見る機会が有るかなって。

あと、お人形好きの人と交流したいって言うのも有るし」

 睡の話を、ステラは嬉しそうな顔をしながら、頷いて聴く。

折角機会が有るなら、同じ趣味の人と交流を持った方が良い。とステラは言う。

それから、付け加えるようにこう言った。

「ただ、オフ会に参加するのは良いけど、ナンパ野郎には気をつけるんだよ」

「大丈夫。ナンパ禁止のオフ会だから」

「そっか、なら良いんだけどね」

 ステラの、背中を押してくれるような言葉に睡は安心を覚え、微笑む。

実は、オフ会に参加したいと思っては居たのだが、実際に参加する勇気がなかなか持てなかったのだ。

睡が人形のSNSを始めてから、何度かオフ会の告知を見ていたのだが、どうにも人形趣味を始めてから履歴の長い、 その道に精通した人で無いと参加してはいけないのでは無いか。と言う不安があった。

睡が持っているような大きい人形のオーナーで集まるオフ会というのもあるにはあったのだが、 やはり飛び込む勇気が無かった。

けれども、今度開催されるオフ会は、何となく初心者でも入りやすい気がしたのだ。

 オフ会の話をして居る間にも鷄飯を食べ終わり、やっぱり少し物足りないね。等と言い。

二人は追加のメニューを選ぶ事にした。

 

 ステラと一緒の食事と、ウィンドウショッピングも終え、家に帰ってきた睡。

早速、居間に一台だけ置かれているパソコンを使って、オフ会の参加申し込みをした。

オフ会の参加表明をしているのは、睡が一人目だ。

どんな人がオフ会に集まるのか、期待と不安が膨らんできたけれど、まず主催がどの様な人形を持っているのかを見る為に、 睡は主催のページを確認しに行った。

 

 それから二週間と数日が経ち、オフ会の主催から当日の概要と、緊急連絡先のメールが届いた。

そのメールを見て睡は、ああ、本当に自分はオフ会に参加するのだと、そう言う気持ちでいっぱいになる。

 メールを何度も何度も確認し、睡は早速、オフ会当日に持っていく人形の準備をする。

人形の準備と言っても、小さい頃に遊んでいた着せ替え人形はもう手元に無いので、 自分で買った大きな人形以外に選択肢は無い。

 当日への期待を膨らませながら、睡は何着か有る人形の服を見て、どれを着せようかと悩む。

カジュアルなブラウスとパンツ、少しダークなイメージのブラウスとコルセットスカート。

両方着せてみて、睡は折角のなのだからおめかしした方が良いだろうと、コルセットスカートを着せて、 来たるべきオフ会の為に、人形を鞄の中に入れた。

 

†next?†