第四章 はじめてふたりで

 今日は朝から仕事だ。二十代向けファッション誌のモデルと、メイクのインタビュー記事の取材を受けている。
 服のモデルは、私が普段着ているような少しレトロなポップ系のテイストのものだけでなく、十代の頃に舞台衣装で着ていたようなキュートでロマンティックな物も着て撮影した。
 私の普段着がレトロポップ系だというのを見て、雑誌の担当の人は少し驚いた顔をしていたけれども、雑誌その物の方向性からは外れていないと少しほっとした様子だった。
 インタビュー記事は、私が普段使っているメイク用品や美容法の話で、メイクをするうえでどんなコツがあるのかとか、お勧めのメイク用品のことを話した。
 メイク用品については、私が個人的に気に入ったものを買っているだけでなく、行きつけのお店の店員さんにお勧めされたものもあるので、お店のことはぼやかしなから話していった。
 メイクの話をしてて、頭の片隅で考える。今度の休日、奏と一緒に出かけるのにどこに行こう。もし私に合わせてくれるというのなら、あのお店を一緒に見に行こう。そんな風に思った。

 ファッション誌の仕事も終わり、レッスンスタジオでいつものようにダンスの練習をする。一面が鏡になった壁の前で、音楽に合わせてリズムを刻む。ステップを踏みながら手を伸ばし、ぶれたりはしていないか。ステップに余分な動きはないか。緩やかに動かす部分はきちんと表現できてるかを確認しながら何度も踊った。
 あらかじめレッスンが予定されている日なら、コーチに見てもらって指導して貰えるのだけれども、今日はとくに予定の入っていない日で、開いているレッスンルームを借りているだけだ。自分で自分のあらを探し出さなくてはいけない。
 そうしているうちに、レッスン室から出る時間になった。入り口右手の壁面に付けられた手すりにかけて置いたタオルを手に取って汗を拭う。それから、荷物を置いた控え室へと向かった。
 控え室で、着替えをする前にぼんやりとピクルスを囓る。そうしている間に考えているのは、奏と一緒に遊ぶとき、どこで食事をするかということだ。あいつはなにか好き嫌いがあったりしないだろうか。
 私はあまりにもあいつのことを知らない。

 そして待ちに待った休日。私と奏は時間通りに待ち合わせ場所で落ち合えた。大きな通り沿いにある地下鉄の駅の出入り口で、歩道に沿って大きなビルが建ち並んでいる。人通りも多く賑やかだ。
「お待たせ」
「時間通りですね」
「まぁね。そっちは来たばっか?」
「いえ、不慣れな場所ですので、お待たせしてはいけないと十分ほど早く来ました」
 私を待たせないために早めに来るなんて、なかなか良い心がけだ。それを知って、それだけで機嫌がよくなる。
 とりあえず、奏はこの街でどこか見たいところがあるだろうか。まずはそれを訊ねる。
「どこか見たいところとかある?」
 すると、奏は照れた様子でこう返した。
「実は、この辺りは普段全然来ないので、何があるのかわからないのです。
理奈さんが慣れているようでしたら、お勧めの場所など教えていただきたいです」
「OK。じゃあ私お勧めのお店行こうか」
 あらかじめメールで聞いてはいたけど、本当に不案内そうなので、あらかじめ私が考えていたプラン通り、奏を連れ回すことにした。

 大通りをしばらく歩いて、脇の小道に入っていく。そこには大通りにあったような大きな店はなく、人通りも少なく静かで、こぢんまりとした洋服屋さんや雑貨屋さん、それにカフェなどが並んでいる。その中のひとつが、私の行きつけのお店だ。
 入り口が地面より少し下がった場所にある、ガラスの扉のその店は、メンズとレディース両方を扱っているアパレルブランド。
 私がこのお店を知ったのはここ数年だけれども、そもそもそんなに古いお店というわけでもないそうだ。
 緊張した様子の奏を連れて、ガラスの扉を開いて店員さんに声を掛ける。
「ミツキさんおひさしぶり~」
「あ、理奈さんおひさしぶり~」
 明るくてポップな内装の店内で、陳列されている色とりどりの服を整えている緑のはねっ毛の男性が、この店のデザイナーで店長のミツキさんだ。
「誰かと来るなんて珍しいですね。お友達ですか?」
 にこにこと笑いながら気さくに話し掛けてくるミツキさんに奏のことを紹介しようと隣に立たせたけれど、なにを紹介すればいいのかがわからない。わからないでいるうちに、奏が深々と頭を下げてこう言った。
「理奈さんの友人の奏と申します。よろしくお願いします。
いつも理奈さんがお世話になっているようで」
 さすがにこの挨拶は固すぎるのではないかと思ったけれど、ミツキさんは両手をひらひらと振って嬉しそうだ。
「いえいえこちらこそ。理奈さんはうちのお得意さんなんですよ」
 そんな話をしていると、レジカウンターの向こう側からもうひとり男性が顔を出した。男性にしては小柄で、さらさらとした銀髪を短くまとめている、ツンと澄ました表情の彼は、この店の店員でいつも私にメイクのアドバイスをしてくれる人だ。その彼が、私の方を見て表情を変える。
「あ、理奈さんいらしてたんですか。
ご友人の方もこんにちわ」
 にこりと笑う彼にも声を掛ける。
「桐和さんもひさしぶり~。
あ、そういえば。この前新作コスメのイメージモデルやったんですけど、広告見てくれました?」
 そう訊ねると、桐和さんは一瞬斜め上を見てからこう答えた。
「はい、いい広告でしたね。口紅の広告と言うだけあって、口紅の色は理奈さんに合っていました。最適解です。
でも、ファンデが少し浮いていたのと、シャドウが若干沈んでいたのがあと一歩というところでしょうか」
「桐和さんあいかわらず厳しい」
「まぁ、広告であまり完璧に仕上げてしまうと、ハードルが上がってユーザーが手を出しにくくなりますから、広告としては良い塩梅でしょう」
 急にメイクの話になって奏は置いて行かれてないかとはっとする。気まずそうに奏の方を見ると、どうやらもっとこういう話を聞きたいようだった。なので、心置きなく桐和さんとミツキさんと私でメイクの話をして、一息ついたら、私は前から狙っていた新作のタイツを、奏は猫の柄の入ったニットネクタイを買ってミツキさんの店を出た。

 ミツキさんの店を出たあと、ふたりで遅めのランチを食べる事にした。私が案内したお店は、お菓子をモチーフにした可愛らしい内装で、女性客が多い。肝心の料理は、値段は多少張っているけれども味は確かだ。
「これは、とてもおいしいですね」
「でしょ。ここのランチお気に入りなんだから」
 奏も満足したようだし、食事のあとも飲み物を飲みながらゆっくりした。

 そろそろ他の場所に行くかとお店を出ようとすると、奏がこう言った。
「それでは、今日の食事の分は僕が出しますよ」
 伝票を持ってレジに向かおうとする奏を見て、カチンときて、すかさず腕を掴んだ。
「ちょっと、私、ATMと遊びに来たんじゃないんだけど」
 それを聞いて、奏ははっとしてから申し訳なさそうな顔をする。
 気まずい雰囲気になって、それぞれ会計を済ませて店を出る。店の入り口から離れて奏が気まずそうにちらちらと私を見る。それから、ぽつりと口を開いた。
「申し訳ありませんでした」
 私も、ついカッとなったのは悪かったかなと思ったし、これでもう奏に会えなくなるのはいやだった。だから。
「また一緒に遊んでくれるなら許してあげる」
 それを聞いた奏は、ぽかんとしてから、笑ってこう言った。
「それでは、次はいつ会いましょうか」

 

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