第三章 人形

 ある日の休日、俺が電気街にあるホビーショップを見ていると、見覚えの有る人影を見付けた。

フィギュアが置かれたスペースは素通りして、奥にある高級そうな人形のコーナーに入っていくその人影に声をかける。

「カナメ兄ちゃん、こんな所で何やってんの?」

「あれ?ユカリもこんな所でどうしたの?」

 その場で少し立ち話をしたわけなんだけど、どうやらカナメ兄ちゃんは奥にある高級そうな人形を見に来たらしい。

俺もサイズは違えど人形とフィギュアの合いの子みたいな物を買いに来たのでその話をした。

すると、カナメ兄ちゃんは俺がそう言う物が好きだと言うのを知らなかった様で少し驚いた様子。

「そっかぁ。

そう言えばユカリは大きいお人形には興味無いの?」

「いや、大きいお人形は凄くお金掛かるってネットで見てるから怖くて手が出せない……」

「そうなんだけどね。だから僕もお店で観るだけにしてる」

 少し残念そうに笑うカナメ兄ちゃん。

そう言えばカナメ兄ちゃんも昔から人形が好きで、着せ替え人形の服を作ってたりしたな。

 折角だから一緒に見てみない?と言うカナメ兄ちゃんの言葉に乗せられて、俺も高級そうな区画に足を踏み入れる。

するとそこには、俺が普段買っている人形よりも何倍も大きくて、綺麗な服を着た、 まさに『お人形さん』が沢山展示されていた。

 そっかぁ、カナメ兄ちゃんはこう言うのも好きなのか。誕生日プレゼントか何かで買ってあげられたらな…… と思って値段を見ると、凄い値段が付いていた。

だめだ、これは気軽に買えない。

しかも色々な種類が有るからどれがカナメ兄ちゃんの好みなのかわからないし、実際に同伴して貰って選んで貰うにしても、 きっと遠慮してプレゼントさせて貰えないだろう。

 心の中で肩を落としていると、カナメ兄ちゃんがなにやらカウンターに置かれているファイルを見ている。

何かと思って覗き込むと、色々な型の人形の顔が並んでいる。

「カナメ兄ちゃん、これ何?」

「ああ、これはこの中から好きなパーツを選んで、自分好みのお人形をオーダー出来るんだよ」

 オーダーまで出来るのか。凄いな。

カナメ兄ちゃん曰く、今人形のオーダーをする為に少しずつ貯金しているのだそう。

 貯金してるんだったら、横から無理矢理プレゼントとかしない方が良いだろうな。

カナメ兄ちゃんはその辺の所結構しっかりしてるから。

 なるほどと思いながら一緒にそのファイルを見ていると、ふとある型の顔が目に留まった。

何となく……何となくだけど、カナメ兄ちゃんに似てる……

 気のせいかもしれないけれど、そう思ってしまうとますますそう思えてくる物で、俺はうっかり、 人形の一覧が載った本を買ってしまったのだった。

 

 俺がその本を買ったのを意外がっていたカナメ兄ちゃんと一緒に少しお茶をして、それからアパートに帰り、 先程買った本をじっくりと眺める。

 カナメ兄ちゃんに似てると思った型のサンプルも載っているわけ何だけど、 どうもメイクで随分と雰囲気が変わってしまう。

同じ型でもカナメ兄ちゃんとは全然違う雰囲気になっているサンプルもある。

しかしこれは、逆を言えばメイク次第でカナメ兄ちゃんそっくりに出来るって事だよな?

 そう思うと居ても立ってもいられなくなってきて、オーダーの金額を確認する。

やはり、そうそう手の出せる値段では無い。

でも、これだけ出せば小さいカナメ兄ちゃんがいつも側に居てくれる訳だし、悪い話では無い。

 取り敢えずメイクだ。メイクでどれだけカナメ兄ちゃんに似せられるか次第だ。

俺はパソコンを立ち上げて、篠崎と連絡を取ろうとキーボードを叩いた。

 

『お前何言ってんの?』

 カナメ兄ちゃんの人形をオーダーしたいと言う事をぼやかしながら篠崎に伝えると、いきなりそう言われた。

まぁ、説明として『いつも写真を撮ってきて貰っているコスプレイヤーさんに似た人形を作りたい』 と言う風になったのだけれど、それなら自力で本人と親しくなれる様にしろというのが篠崎の言い分だ。

確かにそう思う。

でも、そのコスプレイヤーが自分の兄だとは言えるはずも無く、とにかくひたすらに頼み込む。

「ほんと頼むよ。

お前だったらサンプル画像作れるだろ?画像編集ソフトで。

イラストだって描けるんだからイラストでだっていいしほんとお願いします。後生ですから」

 俺が必死に頼み込んでいると、遂に篠崎の方が折れた。

『わかったよ。じゃあ元になる写真送ってくれ。

人形と、あと例のレイヤーさんの写真』

「うわぁぁぁぁぁぁありがとう!

今写真送るわ!」

 篠崎の有り難いお言葉に、俺は人形の顔型の写真と、 カナメ兄ちゃんがアップで写っている写真をスマホから篠崎のパソコンに送る。

「今パソコンの方のメールに送った」

『OK。

……あ~、人形の顔、メイクしてあるのばっかだな。

ちょっとこれを元にイラストで描くから二~三日時間くれ』

「了解っす」

 篠崎がすぐに作業に掛かるというので、通話はそこでおしまい。

 カナメ兄ちゃんそっくりの人形がうちに来るかもしれないという期待を膨らませて、 俺は改めてパソコンの中に作ってあるカナメ兄ちゃんの写真フォルダを開いた。

 

 それから三日後、篠崎から依頼していたイラストが届いた。

少しアニメチックな感じはするけれど、人形の顔型自体が多少デフォルメされた物である事を考えると、 それは本当にカナメ兄ちゃんそっくりだった。

「だめだわー。

これはもうオーダーするしかないわー」

 これでいつでもカナメ兄ちゃんと一緒に居られる気分になるかと思うと期待も膨らむ。

勿論、カナメ兄ちゃん本人と一緒に居るのが一番良いんだけど、俺の仕事の都合も有るし、 カナメ兄ちゃんの通っている病院の都合も有る。

 病院。そうだ。カナメ兄ちゃん、病院に通ってるんだよな。

病院に通う様になったきっかけは、服飾学校に通っている時に講師と余りにもそりが合わなくてストレスをため込んで、 抑鬱状態になった事だ。

その後病院で処方された薬を飲んでいたのと、 講師となんとか折り合いを付けた事で卒業も出来たし一旦は通院もしなくなった。

 けれど今度は就職先の同僚が問題だった。

詳しくは聞いていないけれど、酷いいじめを受けたらしく、また病院に掛かる様になってしまった。

 一見すると何処にも問題の無い健康体に見えるけれど、カナメ兄ちゃんは元職場に近い所に行くと呼吸困難を起こしたり、 ふとした事で色々な発作を起こす有様。

 本当に、そこまでカナメ兄ちゃんを追い詰めたやつの事がどうしても、どうしても許せないんだけど、 カナメ兄ちゃんは多くを語らないし、下手に元職場の話をしたら辛い思いをするだろうなと思って、その話を出せない。

いや、きっと、出さない方が良いんだろう。

 最近になって父さんから聞いたんだけど、数年前にカナメ兄ちゃんがパニックになって自殺未遂までしたって。

その話を聞いた時は、夜寝る事も出来なくて、悲しさと怒りとやるせなさが押さえきれず一晩中布団の中で泣いていた。

でも、その話もカナメ兄ちゃんの前では出せない。

なんで自殺なんかしようとしたんだって怒りたい気持ちは有るけれど、 きっとカナメ兄ちゃんだってしたくてした訳じゃ無いんだ。

だから、そんな話は蒸し返しちゃ駄目なんだって思ってる。

 でもさ、カナメ兄ちゃん。辛い時はもっと早く俺に話してくれれば良かったのに。

そしたら、カナメ兄ちゃんの事を物の様に扱った奴をぶん殴ってやるくらいの事は出来たよ。

 

†next?†