第四章 ライバル

 それはお盆休みの事。

お盆休み中にカナメ兄ちゃんが実家に行くって言うんで俺も実家でスタンバイしてたんだけど、 何かいつもと様子が違った。

うん、実家に来るって言うのはいつもの事なんだけど、今回に限ってカナメ兄ちゃんは日帰りで来るって言うんだ。

アレク兄ちゃんが実家でダラダラしたいと言いつつ来られないのはいつもの事なんだけど、 なんでカナメ兄ちゃん日帰りなんだろう。

 不思議に思いながらカナメ兄ちゃんが来るのを待ってたら、いつもより少し早いお昼前にやってきた。

……いつも一緒にコスプレ写真に写ってる女の人を連れて。

え?どういう事なの?もしかして……

 挨拶をして家の中に入ってきたカナメ兄ちゃんは、母さんと父さんに連れてきた女の人をこう紹介する。

「電話でも話したけど、この子が僕の彼女の美夏だよ。

お父さんもお母さんもよろしくね」

「あらあら。カナメにこんな可愛い彼女が出来てお母さん安心したわ~」

「なんとも慎ましやかな子じゃ無いか」

 和やかに会話をするカナメ兄ちゃん達。

あれ?そう言えば『美夏』って名前、どっかで聞いた事が有る様な。

何処で聞いたのかと思いを巡らせて、思い出した。

前にカナメ兄ちゃんと一緒に寝た時に、寝言で言ってた名前だ!

もしかして、あの時にはもう既に付き合っていて、大人の関係になっていたりしたのだろうか。

そんな、俺のカナメ兄ちゃんが知らない女に取られるなんて。駄目だ、そんなのは絶対。

「認めない!」

「何を!」

 思わずテーブルを思いっきり叩いて叫ぶ僕に、カナメ兄ちゃんがビクッとしながら聞き返す。

ごめんカナメ兄ちゃん。カナメ兄ちゃんを怖がらせる気は無かったんだよごめんよ。

と思いはしたが、それを言う前にまず何を認めないかの説明だろう。

「カナメ兄ちゃんに彼女なんて……

そんな何処の馬の骨ともわからない女にカナメ兄ちゃんは任せられない!」

 俺の言葉にすかさず返したのは母さん。

「え?小久保美夏陸軍大将だけど、ユカリは知らないの?」

「駄目だぞユカリ。ちゃんと自分の国を守ってくれる要人は把握しておかないと。

ネットばっかりじゃ無くてニュースも見ないとね」

 父さんにも畳みかけられた。

しかも、陸軍大将って何だよ!スペックで勝てる気がしない!

「ユカリ、そんな事言ったら美夏に失礼だよ。

美夏、ごめんね。ユカリは昔っから甘えん坊なんだ」

「その話はカナメから何度も聞いてるから、わかってるわ」

 どうしよう、なんか俺が圧倒的に不利な状況になってるこれ。

どう返せば良いんだ、どう返せば……

そうだ、相手が軍人ならこう言えば良い。

「陸軍の要人なのはわかった。

だけど、それなら尚更カナメ兄ちゃんは任せられないね!

早死にしてカナメ兄ちゃんを悲しませるなんて、絶対に許さないぞ!」

 俺の言葉に美夏さんは一瞬口元を引きつらせた後、満面の笑みを浮かべてこう答えた。

「なるほど。確かに我々軍人は、一般市民よりも危険にさらされる事が多いです。

ですが、それを乗り越えた上での陸軍大将という肩書きですよ?

簡単には死にません。そう、退職するまでね。

もしまだご不満があるのでしたら、実力をご覧に入れましょうか?」

「へぇ、実力ねぇ。

見せて貰おうじゃねーの!」

 その場でお互いの胸ぐらをつかみ合う俺と美夏さんを見て、カナメ兄ちゃんがオロオロし始める。

「そんな、二人ともやめてよ!」

 すると母さんがこう言う。

「そうよ。こんな所で喧嘩されたら家の中が滅茶苦茶になっちゃうからそこの土手でやってらっしゃい」

 そっちの心配か、母さんぶれないな。

何はともあれ、カナメ兄ちゃんがオロオロしては居るけれどここは俺も譲れない所なので、 美夏さんと勝負をする為に近所の土手へと向かった。

 

 そして、青い草が茂っている土手沿いで、俺と美夏さんのバトルが始まった。

殴り殴られ、投げて投げられ、それなりに鍛えているはずの俺に劣らず美夏さんも雄々しく迫ってくる。

多分、向こうとしても一般市民が軍人と渡り合えるとは思って居なかっただろう。

 もうこれは気が済むまでやらないと満足しないのだろうと判断したと思われるカナメ兄ちゃんが、 ぼんやりと俺達の事を見ている。

カナメ兄ちゃんの手前、格好悪い所は見せられない。

でも、それは美夏さんも同じ様で一向に折れる気配が無い。

 そして太陽の位置から推測するに、お昼時から少し経った頃、俺と美夏さんは同時にその場に倒れ込んだ。

 体中が痛いし、心底疲れた。

けれど悪い感覚では無くて、むしろ心地よい位だった。

「やるじゃない」

「そっちもな」

 ここまで真剣に殴り合いをして、俺はようやく美夏さんの覚悟がわかったし、 この人にならカナメ兄ちゃんを任せても良いかなって言う気になった。

「美夏さん」

「何?」

「カナメ兄ちゃんの事は任せた」

「勿論よ」

 草の上で仰向けになっている俺達の所にカナメ兄ちゃんがやってきてこう言った。

「お疲れ様。ご飯食べに帰ろうか」

 

 そして、俺達が殴り合いをやっている間に母さんが用意して置いてくれたお昼ご飯を食べて、 その後は和やかに夕食の時間まで過ごした。

体中が痛かったけれど、夕食は俺が作った。

そもそも俺が料理を始めたきっかけは、カナメ兄ちゃんに俺の料理を食べさせたかったからな訳で、 カナメ兄ちゃんが居る時は一食でも良いから料理を作りたい。

 今日はいつもより一人多いので、思い切ってカレーにしてみた。

流石に、スパイスから作る。って言うのはこの家の香辛料ラインナップ的に無理なので、 スーパーでルーを買ってきて作った。

皆でいただきますをして、カレーを食べる。

「んむっ。このカレー美味しい」

「んふふ。ユカリの作るカレーはなんだか知らないけどいつも美味しいんだよ」

 和やかに夕食を済ませ、父さんが食器の片付けをしている間にカナメ兄ちゃんと美夏さんは帰り支度を始めた。

「それじゃあ、またね」

「またお邪魔させて戴きます」

 そう軽く挨拶と、美夏さんと俺は熱い握手を交わして、それから二人は帰っていった。

 

 しかし、実家に居るのにカナメ兄ちゃんが居ないと寂しいな。

カナメ兄ちゃんは誰の物にもならないって、根拠の無い自信があったから尚更。

 ふと、頭の中に篠崎に描いて貰った人形の顔型が過ぎる。

本格的に、カナメ兄ちゃんの人形をオーダーしようかな。

本人は俺の物にならないってわかったから、せめて代わりに。

代わりにって言ったらなんか人形に失礼な気はするけど、それでも俺はカナメ兄ちゃんに側に居て欲しい。

 父さんも母さんも寝静まり、暗い家の中で起きているのは俺だけ。

前にカナメ兄ちゃんと一緒に寝た時に使った布団を出してきて、 ベッドの上でその布団を抱えて少しだけ泣きながら眠りについた。

 

 短いお盆休みも終わりに近づき、俺は実家から東京にあるアパートに戻ってきた。

お盆の間銀行が休みなのを見越して多めに下ろして置いた貯金。

それと篠崎が描いてくれたイラストを持って、俺は電気街のホビーショップへと向かった。

 

†next?†