第五章 赤いクラゲは諦めない

 初夏も過ぎ、着ている着物も単になった頃、悠希と鎌谷は御徒町を見て歩いていた。

 ここには石の問屋が沢山有って、何度も来ている悠希でさえ、全ての店を把握できているわけではない。

 この日はお店の新規開拓をしようと思って来たのだが、 新しいお店にいきなり行くのはなんかこわい。と言う事で仕方なく鎌谷も付いてきている。そもそも、 鎌谷としては悠希を一人で出歩かせる事に不安が有るらしいのだが。

 昼間とは言え、人通りの少ない問屋街。そこに突然、沢山の足音が聞こえてきた。

 嫌な予感がする。悠希がそう思って後ろを振り返ると、黒い全身タイツを着た集団が道を塞いでいる。

「ふはははは! 久しぶりだな新橋悠希。

今日こそ我々の元に来て貰うぞ!」

 鈴の鳴るような声が奏でる不穏な言葉に、悠希はまた前を向く。するとそこには、スクール水着に申し訳程度の鎧を着けた、 悪の女幹部らしき中学生くらいの女の子が居た。

「あ、赤いクラゲの皆さん、まだ諦めてないんですか!」

「勿論だとも。我々赤いクラゲは世界征服を諦めてはいないぞ!」

 悪の秘密結社赤いクラゲ。彼らは世界征服を企み、その手段とするために、 超人的な能力が潜在しているという悠希の遺伝子を解明するべく、今までに何度も悠希をさらおうとして居た。

 しかし、その計画が成功した事はない。なぜならば。

「赤いクラゲ、そこまでだ!」

 背の低いビルの上から飛び降りてくる一つの人影。その人物が赤いクラゲと、悠希の間に立つ。

「あっ、茄子MANさん、助けに来てくれたんですね!」

「勿論だとも、青年よ、安心するが良い」

 茄子MANと呼ばれたその人物は、ぺらぺらの茄子のお面に、 胴には変身ベルトを巻き付けている。悠希がピンチの時には高確率で駆けつけてくる、正義のヒーローだ。

 赤いクラゲの女幹部はにやりと笑って茄子MANに言う。

「茄子MAN、やはり来たな。

お前が来る事を想定して、今日は秘密兵器を持って来た。

お前ら、やれ!」

 秘密兵器。その言葉を聞いて、悠希は勿論鎌谷も衝撃を受けた。

 悠希は、そんな物を出されて茄子MANが本当に大丈夫なのかと。鎌谷は、 本当に悪の秘密結社らしい事をしていたのだと。それぞれに驚く。

 全身タイツの戦闘員と茄子MANが揉み合う中、突然叫び声が響いた。

「う……うあああああ!」

 戦闘員が持った機械を押し当てられている茄子MANがのけぞり、地面に倒れる。

「茄子MANさん!

茄子MANさん大丈夫ですか!」

 怯えながらも心配そうにそう叫ぶ悠希に、女幹部は愉快そうな嗤い声を上げる。

「見たか、これが赤いクラゲの秘密兵器だ!

電流を流し、相手の動きを封じる。完璧だ!」

「そんな! 茄子MANさん、茄子MANさーん!」

 今にも泣き出しそうな悠希に、女幹部は尚も言葉を続ける。

「この秘密兵器は、完璧に出来ている。

法定電圧を守り、尚且つ使用者が誤って触れてしまっても危険が無いように、電圧の調整をしてあるからな!」

「そんな! なんてひどい事を……」

 女幹部の説明を理解出来ていない様子の悠希が泣き崩れているが、隣で説明を聞いていた鎌谷は、 それはただの電気マッサージ器ではないのか。と言う言葉をどのタイミングで言うべきか、測りかねている。

 そして、茄子MANが突然立ち上がった。

「よっしゃぁぁぁ! 肩こりが治ったぁぁ!」

 先程よりも軽快な動きで戦闘員達を倒していく茄子MANに、女幹部は驚きを隠せない。

「何故だ、何故秘密兵器の攻撃を食らって立ち上がれるのだ!」

「むしろ立ち上がれないと思った理由を聞きてーよ」

 呆れたように鎌谷はそう言うが、どうにも誰も聞いていないようだ。

「くそっ、このままでは分が悪い。

今日の所は見逃してやる!」

 そう女幹部が号令を出すと、潮が引くように赤いクラゲの一団は去って行った。

 赤いクラゲが去った後、茄子MANが悠希の肩に手を置き、声を掛ける。

「大丈夫だったか、青年」

「茄子MANさん……ありがとうございます」

「今日の所はもう大丈夫だろう。

私はこれで失礼するが、また何か有ったら私を呼ぶが良い」

「はい! ありがとうございます!」

「それでは。

今日も夜勤っすよ……」

 いつもの台詞を残し去って行く茄子MAN。その背中を見送りながら、悠希は暫く手を振っていた。

 

 それから数日後、悠希が神保町の本屋巡りをして居た時の事。

 古本屋や大型書店を回っていたら、もう日が落ちる頃になっていた。

「鎌谷君、遅くなっちゃったね。もう帰ってごはんにしようか」

「そうだな。晩飯に晩酌だな」

「偶には休肝日つくろう?」

 駅に向かう途中、背の高いビルの間の、人気が無い路地を通る。

 なんとなく、嫌な予感を感じる鎌谷。そしてその予感は的中する。

 行く手を阻む黒い全身タイツの群れ。そしてその中心には、あの悪の女幹部が居た。

「新橋悠希、今日こそ我々の元に来て貰うぞ!」

「ほんと挫けないなお前ら」

 呆れたような鎌谷の言葉に、女幹部は自慢げに返す。

「勿論だとも。一に努力で二に努力、三、四が無くて五に努力だからな!」

 そのメンタリティがあるのなら一般社会でやっていった方が建設的な気はしたが、 きっと言っても無駄だろう。なので鎌谷は何も言わない。

 一方の悠希は、震える手で鎌谷の手をぎゅっと握っている。

 いい加減慣れて欲しい物だと思いつつも、一度本当にピンチに陥った事があるので、楽観視は出来ないのだろう。

 どうした物か。鎌谷がそう悩んでいると、ビルの上から声が聞こえてきた。

「そこまでよ悪人!」

「あっ、茄子MANさんじゃない!」

 驚いている悠希が言う様に、今回助けに入ったのは茄子MANでは無く、四人の少女だった。

 ビルから飛び降りてきた、とんがり帽子にレオタード、それに杖を持った四人の少女が赤いクラゲに立ち向かう。

「あっ、スペードペイジさんと、あと誰ですか?」

 悠希の声に、ちらりと振り返りウィンクを送る、スペードの飾りの付いた杖を持った少女。彼女は、 近年巷を騒がせている正義の魔法少女スペードペイジだ。

 他の三人の少女も、それそれダイヤ、クラブ、ハートの飾りが付いた杖を持っている。

「ほう、スペードペイジだけで無く、ダイヤキング、クラブナイト、ハートクイーンも揃ったか」

「説明ありがとうございます」

 持っている杖と女幹部が挙げた名前でそれぞれが把握できたので、 取り敢えず悠希はその点についてはお礼を言っておく。

 先日の茄子MANの時に比べ、相手が多い。それにも関わらず、女幹部は余裕の笑みを浮かべる。

「ふふふ、こんな事も有ろうかと、秘密兵器をパワーアップさせてきたのだ。

四人がかりでも何ら問題が無いぞ!」

 秘密兵器をパワーアップさせてきたと聞いて、悠希は顔を青くする。電圧を上げて感電しやすくさせているのか、 それとも他の何かがあるのか。わからなかったが、恐怖を感じた。

「あのっ、魔法少女の皆さん、気をつけて下さい!」

 悠希の声を背中に受けて、魔法少女達は戦闘員と戦いを繰り広げる。

 そして、戦闘員が見覚えの有る機械を魔法少女四人に、同時に押し当てていた。

 それを見て悠希はふと思う。押し当てるための端末の数が増えては居るが、もしかしたら、 それ以外の点は変わっていないのかも知れない。

 そうは思っても、地面に膝を着く魔法少女達を見て、どうしても不安が湧いてくる。

 そして、真っ先に立ち上がったのはスペードペイジだった。

「肩こりが治ったぁぁ!」

 それに続いて、ハートクイーン、クラブナイトと立ち上がり、最後にダイヤキングが立ち上がって叫んだ。

「こちとら薄給でバイトしてんだよ! なめんな!」

 魔法少女は時給制なのか。その真相は聞けなかったけれども、四人の少女の活躍により、赤いクラゲは撤退し始める。

「おのれ、今回は見逃してやる! 覚えていろ!」

 赤いクラゲが去って行くのを眺めながら、鎌谷と悠希が言う。

「あいつら、リハビリ用品の開発やった方がいいんじゃね?」

「うん。僕もそう思う」

 それから、バイトの納品で肩が凝る。とか、職場にある洞が重い。とか、天体望遠鏡の移動は神経を使う。とか、 辞書持ち歩くと肩が凝る。などと言いながら去って行く魔法少女の事も見送ったのだった。

 

†next?†