俺の名前は寺原勤。とあるお寺の三男坊として生まれた。
俺の父さんは住職な訳なんだけれども、その父さんに小さい頃から何度も言われている事がある。
「いいかい、もし見えてはならない物が見えても他の人に迂闊に話してはいけないよ。
でも、その見えてはならない物が害をなそうとしたら立ち向かうんだ」
初めのうちは『見えてはいけない物』と言うのが一体何なのかが解らなかった。
けれども、小学校に上がってから父さんの言っていた事が何となく解った。
『見えてはいけない物』と言うのは、所謂『お化け』の事なんだと。
父さんに色々教わって、俺は悪いお化けのような物を何とかする方法を覚えた。
その方法は、退治する物だったり浄化する物だったり、色々だ。
三男坊と言う事で寺を継ぐ必要は無い俺だったが、どうやら兄弟の中で霊感が一番強いのが俺らしく、 お祓いの時に使う札を書くのは俺の役目だった。
そんな俺が高校に入り、これから高校生活をエンジョイするぞと言う時に、あるクラスメイトが目にとまった。
背が低く、いつも物憂げに本を読んでいる男子生徒。
その特徴だけを見るのならば別段気にする必要は無いのだが、俺が気にした理由は彼の左手に有った。
彼の左手の中指に、煌めく光の指輪が填まっているのだ。
この学校は勿論、指輪などのアクセサリーの着用は校則違反になる。
しかし、彼の指に填まっている指輪は特に何も言われる事はないだろう。
彼の指輪は、他の人には見えない特別な物だから。
あの指輪を気にしたのがきっかけで、俺はあの彼、柏原カナメに話しかけるようになった。
何となくあの指輪は一体何を意味している物なのかが知りたかったのだ。
初めて話しかけた時、彼はおどおどした様子を見せたけれど、 今では昼休みに一緒にお弁当を食べる仲までにはなった。
「カナメ、まだ部活とか入ってないみたいだけどこのまま帰宅部続けるのか?」
「え?ちょっと前に漫研に入ったよ。
でも、それ言ったら勤も帰宅部じゃん」
「そうなんだけどさ。
俺は帰宅部のままバイトでも探そうかなって」
たわいのない話をしながら過ぎていく時間。
カナメには言えないなぁ、本当はバイトを探すつもりなんじゃなくて、日々お祓いの仕事を家に帰るなりしてるなんて。
でも、カナメは意外とスピリチュアルな物が好きなようで、偶にタロット占いの本なんかも読んでいる。
流石にカードの意味は覚え切れていないらしく、占いをする時は本を見ながらなのだけれど、 少し前に試しに占って貰ったらなかなかの的中率だった。
的中率、と言ってもまだ結果が出る程未来に進んでいないのだけれど、過去の事はかなり言い当てられてしまった。
驚く俺にカナメは、こう言う占いは誘導尋問的な所もあるから。と笑っていたけれども、それにしてもなかなかの腕前だ。
そんな感じで占いの上手いカナメの事だ。背は低い物の、優しく、それなりに整った顔立ちも後押ししてか、 占い好きの女子達から囲まれている所も偶に見掛ける。
いつでもタロットカードを持ってきている訳では無いので要望に応えられないと言う事も多いと言っているが、 実の所はわざとカードを持ってきていないのでは無いかと思う事もある。
占いというのは結構神経を使うようで、何人か立て続けに占った後、ヘロヘロになっている所を見た事があるからだ。
お弁当を食べ終わった俺とカナメは弁当箱をしまって一緒の机を囲んで話をしている訳なのだが、 カナメはずっと手元に視線を向けている。
元々人と視線を合わせるのが苦手と言っているのだが、今は別の理由だ。
毛糸を鞄の中から引っ張りつつ、編み針で毛糸を編んでいる。
最近のカナメのマイブーム、編みぐるみを作っているのだ。
カナメが視線を手元に落としているのを良い事に、俺はカナメの左手をじっくりと観察する。
あの光の指輪の変化を見ているのだ。
光の指輪は、時折輝き方が変わる。
落ち込んでいる時に輝きが弱くなったり、突然輝きが増したりするのだ。
輝きが増している時は機嫌の良い時か調子の良い時なのだろうかと思って居たのだが、どうにも違う様子。
体調が悪い時でも強く煌めいている事があるのだ。
不思議に思って暫く観察した結果解ったのは、カナメが何かを作っている時に、輝きが増すと言う事。
一体何なんだろうなぁ……
「そう言えば勤。
最近家の手伝い忙しいの?」
考え事をして少し上の空になっていた所にそう訊ねられて、一瞬言葉に詰まる。
不思議そうに俺の事を見てるカナメに、俺は笑って答えた。
「あ~、結構父さんのスケジュール管理とか、あと、お祓いに来た人のおもてなしの手伝いとか色々有るな」
「そいうなんだ。
お寺さんなんてお墓参りの時と法事の時しか行かないから何やってるのか解らないんだよね。
お祓いもやってるんだ」
「ほら、厄払いって有るじゃん。あれよ」
俺が自分のお寺の業務の話をすると、カナメは意外といった顔をして聴いている。
どうやらお経を上げたり修行をしているイメージが強かったようだ。
まぁ、日本国の国民は宗教に対する執着が薄いから、自分が属する宗派の事でも余り知らない人が大多数だろう。
そんな話をしている内にも時計の針は進み、予鈴が鳴る。
カナメが編みかけの編みぐるみをしまっている間に、俺は自分の席へと戻っていった。
その日の授業も終わり放課後になった。
いつもは放課後すぐにカナメと一緒に学校を出る。俺がバス通学でカナメは自転車通学なのでバス停まで一緒に行き、 そこで別れるのだ。
しかし、今日はカナメが放課後用事があると言って学校に残っている。
何かと思ったら、漫研の会誌に載せる原稿の締め切りなのだという。
「え?もしかして出来上がってないのか?」
俺の問いにカナメはきょとんとして答える。
「出来上がってるから後はすぐ会長に渡せるよ」
それなら、渡してすぐに帰れるなと言うと、今度はこう返ってくる。
「その後会長がすぐに編集して印刷から製本まで流れるように作業があるらしくって、僕も手伝わなきゃいけないんだ。
だから、勤は先に帰っててよ」
なる程、そう言う事か。
俺と違って部活に所属しているとなると、普通はこう言った事が有るのが当たり前だ。
俺の学校の漫研は部室という物が無く、皆原稿は家で描いていると言う事で、普段は特に拘束時間が無いらしい。
ふと、カナメが描いた原稿が気になった。
「カナメってどんなの描いてるんだ?
折角だから見せてくれよ」
「え?僕が書いてるのは小説だけど、それでも良ければ」
漫研なのに小説を持っていくとか、結構肝が据わってるな。
そんな事を思いつつ原稿を受け取ると、文章に目を通す前から何か違和感を感じた。
実際に存在する紙の質量よりも、何か大きな物を感じたのだ。
インクか?それとも見た感じ挿し絵も入っているし、スクリーントーンの分重いのか?
存在以上の質量を感じる理由がわからないまま、ざっくりと目を通しカナメに原稿を返す。
「もう読み終わっちゃった?」
「いや、ざっくり見ただけ。
会誌になって各クラスに配布されたらまたじっくり読むよ」
「そう?他の人も原稿頑張ってるから、会誌楽しみにしててくれると嬉しいな」
そう照れたように笑うカナメの左手では、光の指輪が眩しい程に輝いていた。