第二章 退魔師

 ゴールデンウィークの真っ只中、俺は学校の休み中でもなかなか一日を使って遊ぶと言う事が出来ていなかった。

理由は簡単。学校が休みの内に、寺に来た除霊依頼を受けているのだ。

今日もとあるお宅にお邪魔して、邪気を払う鈴を鳴らしている。

リーンリーンと音が鳴ると、家の中の隙間という隙間から何者かが覗き込んでくる。

 目を見開き、隙間に潜むそいつ等は『スキマ』と言う、名前通り隙間に居座る霊だ。

基本的に覗いているだけで害はない事が多いのだが、この家のスキマは嫉妬、恨み、その他様々な怨念に影響を受けてしまい、 家の住人に害をなす様になってしまっていた。

 鈴の音を鳴らし続けると、スキマ達が威嚇の声を上げ一丸となって飛びかかってくる。

しかしこう言う状況も慣れた物。俺は反対側の手に持っていた水晶の結晶をスキマ達に向け、念を込める。

「破ァー!」

 掛け声と共に水晶の結晶から光が放たれる。

その光を浴びたスキマ達は、瞬く間に消えていった。

 スキマの対応を済ませた俺は、家主に除霊完了の報告をする。

そして、今後この様な事が無いようにどうしたら良いかと訊いてくる家主にこう伝えた。

「この家と、あなたには様々な怨念が向けられています。

事前にお話を聞いた限りですと、随分とあくどい事をなさっているようですね。

今後はそのような事は慎み、人の為になる事をしていけば、自ずと幸福が訪れてくるでしょう」

 俺のこの言葉に家主は納得がいかないと言った顔をするが、取りあえず今回の除霊料は払って貰えた。

この、金に物を言わせる態度が怨念を招いていると言う事がわからないもんなのかね……

 

 ゴールデンウィーク最終日、俺はようやく一日休める日を作る事が出来、カナメと遊ぶ約束をしていた。

遊ぶと言ってもこの近辺だとカラオケに行くかファーストフード店やファミレスで駄弁る位しか出来ないのだが。

 今、学校最寄りの駅から三駅ほど離れた街で待ち合わせをしている。

この街は俺達が住んでいる所と比べるとだいぶ栄えている所だ。

カナメ曰く、ここまで来ないと画材屋が無いとの事なので、折角だからここまで来る事になった。

ここまで来ればゲームセンターなんかもあるし、遊ぶには良いだろうと思ったのも有る。

 時計を気にしながら改札前で待つ事暫く。

カナメも大概待ち合わせ時間よりも早めに来るタイプではあるのだが、 今日に限って俺が時間の目測を誤って三十分も早く来てしまったのだ。

待ち合わせ時間十五分前となった辺りで、改札口から知った顔が出てきた。

カナメが到着した訳なのだが、その姿を見て俺は思わず表情を固めてしまった。

何故かというと、ゴールデンウィークが始まる前には憑いていなかった霊的な物がカナメに憑いていたからだ。

それがどんな物かというと、メタリックなボディで背中に緑色の石をびっしりと敷き詰めたカエル。

当然カナメはその存在に気付いていない。

「あ、勤、待たせちゃった?」

「あ、あぁ、多少は待ったけど……」

 そんなやりとりをしながら俺がカナメの顔とカエルを交互に見ていると、カエルがカナメの頭の上で会釈をした。

この様子だと悪い憑きものでは無いだろうし、気にしなくても良いかな?でも気になる……

 俺の心中を全く察していない様子のカナメは、早速画材屋のある方へと足を向ける。

画材屋までの道のりで、カナメがこんな事を言った。

「そう言えば、石の販売イベントに行ってきたんだよね。

買った石を少し持ってきたから、後で勤にも見せてあげる」

「おう、楽しみにしてるわ」

 そこで会話が途切れた。

視線を足下に落とし、時折唇を尖らせているカナメ。

多分、画材屋で何を買うかのリストを頭の中に作っているのだろう。

数歩分静かにしていると、今度はカナメの頭の上のカエルが口を開いた。

「あたしね、ご主人様が買った石に付いてきたの。

勤様はあたしの事が見えるみたいだけど、ご主人様には内緒にしてて欲しいケコ」

 俺は黙って頷く。

このカエルが言っているご主人様というのは、カナメの事だろう。

しかし、カエル系の霊となると、良く聞くのは銭ガエルという、お金を貯める習性のあるカエルだ。

けれどもこのカエルはどう見てもお金を貯めるようなカエルには見えない。

一体どういう物なのだろう?その言葉を念にしてカエルに向けると、こう答えが返ってきた。

「あたしは宝石ガエルって言う種類のカエルなのね。

お金じゃ無くて宝石を食べるケコ。

でもね、あたしがご主人様に付いてきたのは宝石が食べたいからじゃ無いケコよ。

何となく、ご主人様に付いていてあげないといけない気がしたの」

 なるほど。このカエルはカナメを守るつもりで憑いてきたのか。

それなら特に警戒する必要は無い。

俺はカエルに、これから宜しく。と念を送った。

 

 画材屋で用事を済ませた俺達は、近くのファミレスでお昼ご飯を食べていた。

「僕飲み物取ってくるね。

勤は何が飲みたい?」

「俺?じゃあアイスコーヒーよろしく」

 カナメがドリンクバーに行って暫く待つと、コップを二つ持って帰ってきた。

片方は確かにコーヒーなのだが、もう片方はなんか得体の知れない色をしている。

「はい、コーヒー」

「お、おう」

 差し出されたコーヒーを受け取りながら、俺は訊ねた。

「あのさ、お前の分の飲み物何?

変な色してるんだけど」

 するとカナメは至って普通にこう答える。

「お茶一、メロンソーダ一、コーラ一で混ぜたやつ。飲んでみる?」

「嫌な予感しかしないから遠慮しとく」

 そうこうしている間にも料理も運ばれてきて、俺達はお腹を満たしたのだった。

 

 食後、未だドリンクバーを頼りにファミレスに居座っている訳なのだが、食べ終わった食器を脇に避け、 カナメが買ってきたという石を見せて貰っていた。

綺麗な形の原石や、輝くように磨かれた宝石など、色々有る。

 俺も仕事柄原石……と言うよりはパワーストーンのお世話になる事が多いのだが、実は石にはこんな話が有る。

笑い石と泣き石。

笑い石というのは持ち主に福を呼び寄せてくれる物なのだが、泣き石というのは持ち主に不幸を呼ぶと言われている。

泣き石の例として有名なのは、ブルーホープというブルーダイヤだ。

ブルーホープは幾多の人の手に渡っては不幸を招いたと言い伝えられる石で、今は誰の所蔵でも無く、 博物館に置くことで災いを避けている。

 そう言う謂われがあると、カナメが買ってきた石はどうなのだろうと思ってしまう訳なのだが、 一瞬判別が付かなかった。

「これ、ちょっと手に取って見て良いか?」

「うん。良いよ」

 カナメの許可を得て石を一つずつ確認していくと、どうやら石は皆笑い石のようだ。

ただ、普通の笑い石とは違う点がある。

この石達は不当な扱いを受けたのか元からの性質からなのかは解らないが、皆拗ねているのだ。

 この石をカナメの手元に置かせておいて大丈夫なのか思わず悩む。

すると、それに気がついたのか、カエルがテーブルの上に降りたって石を優しく撫で始めた。

「大丈夫ケコよ。ご主人様はきっと、大事に大事にしてくれるケコよ」

 カエルが石に言葉を掛けると、拗ねていた石達から喜びのオーラを感じられるようになってきた。

 なるほど、このカエルはこんな事も出来るのか。

このことを知った俺は今後こっそり、浄化しても疲れが取れない石を、 このカエルに癒やして貰おうなどと思ったのだった。

 

†next?†