第三章 儚い幻

 ゴールデンウィークも過ぎた頃に、俺達の学校の文化祭について話題が上がった。

中学の頃は文化祭は秋にやっていたので、梅雨の時期に文化祭をやるというのは意外だった。

 文化祭の出し物はどうするかというクラス会議が開かれる訳なのだが、出てくる意見が飲食店ばかり。

確かにそれなら事前準備もそんなにしなくて良いだろうし、 目立ちたがり屋な奴なんかはウェイターやウェイトレスをやって目立つことも出来る。

結局、俺のクラスは駄菓子とお茶やコーヒーを提供する駄菓子喫茶なる物をやる事になった。

 しかし喫茶なぁ……聞いた話によると音楽科のクラスなんかが音楽喫茶を開くらしいし、 そっちに客が取られるんじゃ無いかとは思うんだがね。

 やや不満はあるが、俺も特にやりたいことは無いしで文句は言えない。

釈然としないままクラス会議を聞いていたら、誰が接客をするのかという話になってきた。

部活の出し物の都合でクラスの方には顔を出せない人も居るので、そのすり合わせだろう。

俺は裏方に回りたいなと思いつつ、カナメがどうしているかこっそりと見てみると、 我関せずと言った顔で視線を泳がせている。

 ところが突然こんな事を言い出す奴が。

「柏原君にウェイターやって貰いましょう!

占いも得意みたいだから、希望者には一回いくらで占いもやって貰ったらどうかな?」

 その言葉にカナメが身を固める。

まさか自分に矛先が向くとは思っていなかった様で、戸惑いの表情が浮かんでいる。

 カナメの様子に他のクラスメイトは一切気付く様子も無く、話を進めていく。

カナメがウェイターをすることが既に前提になってしまった辺りで、発案者がカナメに占いの料金を訊ねる。

すると、カナメは気まずそうに、小声でこう答えた。

「あの、僕は漫研の店番をしないといけないから、クラスの出し物には出られそうに無くて……」

 すると今度は、漫研の休憩時間が有るだろうから、その時にクラスの出し物に顔を出して接客をしろと言い出した。

流石にこれは俺がカチンときた。

「お前等カナメのこと何だと思ってんだよ!

文化部は部活の出し物があるからクラスの方には出なくて良いって事になってるだろ」

 思わずきつい口調で吐き捨てると、他の女子がこう返してくる。

「寺原君はそう思ってるかもしれないけど、柏原君はやりたいかもしれないじゃん?

ねぇ、柏原君、やりたいよね?」

「え?僕、今さっき出られないって言った気がするんだけど?」

 役職を押しつけてくる女子の言葉に、先ほどまで怯えていたカナメが意外とするりと反論した。

しかしその言葉にも女子陣が折れない。

男子の方はそろそろ勘弁してやれよと言う雰囲気なのだが、女子達はそんなに占いをやらせたいのだろうか。

 最終的にどうなったかというと、 「うん……漫研の会長にお願いして、午前中一時間だけはこっちに出られるようにする。

それで良い?」

 と、カナメが折れる結果となった。

 

 そして文化祭当日。

俺も駄菓子喫茶のウェイターを任されてしまって接客をしているのだが、これがなかなかに面倒くさい。

始めの一時間だけと言う条件でウェイターをやっているカナメは、 洋裁が得意な親が居ると言うクラスメイトが用意したウェイター服に身を包んで、澄ました顔をしている。

事前に『接客は笑顔!笑顔で!』と重ねて言われていたのだが、カナメ曰く、自分の笑った顔が好きでは無いのだという。 だから作り笑いはしていない。

俺は家の仕事の都合で愛想を振りまくのには慣れているので、営業スマイルはばっちりだ。

 ふと、女子生徒の話し声がテーブル席から聞こえてくる。

あの人優しそうでイケメン。でも、あっちの人もクールな感じでカッコいいよ。等と言う内容だ。

誰のことを話しているのだろうなどと悩む必要は無かった。

何故なら今この時間、ウェイターをやっているのは俺とカナメだけだからだ。

 文化祭が始まってから、時計の長針が一周した頃、カナメが取り纏め役の女子に、 そろそろ漫研の方に移動するという事を伝え、着替えを持って教室から出て行った。

 

 それからまた暫く経って、俺もウェイターの仕事が終わったので校内をぶらついていた。

しっかし、本当に飲食店ばっかだな。飲食店じゃ無いのは文化部と美術科だけじゃ無いか。

 一人で延々食べ歩きするのもつまらないので、生物部のハムスターと遊んだり演劇部の公演を観たりしていた訳なのだが、 ふとある事を思い出した。

 そう言えば、カナメが居るはずの漫研にまだ行ってないな。

文化祭合わせで会誌も作ると言っていたし、漫研内で、普段内気なカナメがどんな振る舞いをしているのかも気になる。

そんなことを考えている内に、俺の脚は漫研が借りている会議室へと向かっていた。

 

 会議室に付くと、地味な雰囲気の男子生徒二人組とすれ違った。

すれ違いざまにこんな会話が聞こえてくる。

「漫研ってあんな美人居るの?

俺、入ろうかな」

「マジヤバイよな。

あの子は三次元だけど許せる」

 一体どんな女子生徒が居るんだ?

二次元至上主義者に三次元でも許せると言わしめる程の美人、そんな話はカナメから聞いた事が無い。

でも、カナメ自体余り漫研の部員の話をしないしな……

 少しの疑問を抱えたまま会議室に入ると、数人の女子生徒がメイド服を着て接客をしていた。

確かに、あんな服を着られたら一割増しでは見えるな。

そう思いながら女子生徒の顔を見ていると、先ほど噂になっていたとおぼしき子が居た。

 丁寧に机の上に並べられた会誌の説明をし、購入希望者が居れば手際よく会計もする。

少し伏し目がちで澄ました顔をしているのだが、 今までの会誌の感想を言われた時にはふわりとした笑みを見せたりもしている。

 少し頼りなさげな瞳をした彼女の姿に、俺は射貫かれたような気がした。

中学の頃から数回経験はしているが、これは恋って奴だ。

俺はあの子に一目惚れしてしまった様だった。

 近づいて話をしたい。入学してから今までの会誌は全部読んでるから、会誌の話だって出来るぞ。

そう思っても脚が竦んで動かない。

勇気を、今こそ勇気を!

そう自分に言い聞かせ、ようやく一歩踏み出した所で彼女の方から声を掛けてきた。

「あ、勤じゃん。いらっしゃい」

「え?」

 聞き覚えのある声だ。

「あの……もしかして、カナメ?」

「うん、そうだけど?

やっぱ女装って引いちゃう?」

 申し訳なさそうな顔をしている今のカナメは、どう見ても男には見えない。

敢えて言うなら胸が極端に平らだなとは思うが、文化祭と言うことで特別に許可されている化粧が施された顔は、 まるっきり女子の物だった。

 どうしよう。引いている訳でも無いし気持ち悪い訳でも無く、心底似合っていると思うのだが、 素直にそう言うと茶化しているように、悪くすれば嫌味に聞こえるだろう。

だから俺は、上手く動かない頭を働かせ、おどおどしているカナメにこう言った。

「大丈夫、違和感ない」

 するとカナメはほっとした表情をした後、口を尖らせる。

「じゃあ、勤と一緒に遊ぶ時、僕が女装してても恥ずかしくないって言える?」

 その言葉と表情に、もう一本矢が刺さった。

「おうよ。

なにお前、俺と遊ぶ時女装したいのか?」

 向こうが茶化してくるなら、こっちも茶化し返さないと持たない。

 そんな事をしていたら、なんだか段々女装したカナメと一緒に歩いてみたい気もしてきた。

駄目だよ、なに考えてんだよ俺は。こいつは男だぞ?

カナメは女装した自分を見て引くかと訊いてきたけれど、俺の今の心境をこいつに聞かせたら、 絶対俺の方が引かれるわ……

 

†next?†