第四章 もう一人

 結局カナメとは友人以上の関係になる事も無く、 なんかこう言うと俺が友人以上になりたいと思ってるとか思われそうだけどなる事も無く。 夏休みに入りお盆や法事等の法要で忙しく過ごしていた。

 カナメとはお盆周辺はずっと親戚の家に行ったり何なりで会う事は無かった。

そろそろカナメも親戚の家から帰ってくるかな?そんな頃合いに一件法事の予約が入っていた。

 その家族の母方の法事なのだが、近しいと思われる親戚同士で集まっている中に見覚えの有る物を見つけた。

俺と同い年くらいの息子さんの左手がふと視界に入ったのだけれど、 中指に控えめながらも輝いている光の輪が填まっていたのだ。

 親戚なのか妹なのか、年の離れた女の子にお茶菓子の袋を開けてあげている彼。

髪の色も、瞳の色も、身長も違うのに何故かカナメの事を彷彿とさせる。

「おにいちゃんにもおかしあげる!」

「ありがとう。匠は良い子だね」

「悠希、お茶有るわよ」

「あ、お姉ちゃんもありがとう」

 妹からお菓子を貰い、姉からお茶を貰う彼をぼんやりと見ていたら、背後に一瞬人影がちらついた。

まさか仏のテリトリーであるお寺の中に不浄の者が?

疑問に思った俺は意識を集中して彼の背後を霊視する。

すると、やはり背後になにやら憑いている。

 背が高く、中世ヨーロッパ系の服を着ている男性が居るのだが、見た感じ怨念のような物は感じない。

敢えて言うなら妹や姉が側に寄ると、宿主の背後から抱きつき、密着するくらいだ。

 これはスキンシップが過剰な守護霊の類いかな。そう結論づけ、その後は特に気にする事は無かった。

 

 その法要の日から数日後、俺は久しぶりにカナメと会う事になった。

カナメ曰く、面白い写真が有るから見せたいとの事だったのだけれど、一体何なんだろう。

 学校の最寄り駅で待ち合わせをし、駅から少し離れたファミレスに入る。

丁度お昼時なので、二人揃って一番安いハンバーグのセットとドリンクバーを注文した。

俺はアイスコーヒーを、カナメは例によって摩訶不思議ドリンクをドリンクバーから持ってきて、 早速写真を見せて貰った。

「え?なにこれ?」

「同人誌即売会って言うのに漫研名義で参加してきたんだけど、その時に撮ってきたコスプレイヤーさんの写真だよ」

「俺の知ってるコスプレと違う」

 カナメがにこにこしながら差し出した写真には、全身タイツを着込み顔にドーランを塗り、 お子様達に人気のアニメキャラクターを強引に表現している物が写っていた。

 これを見るのがコーヒーを口に含む前で良かった。そう思いながら肩を震わせている俺に、 カナメは更に写真を出してくる。

そちらは普通なのだろうか、とにかく全身タイツでは無いコスプレイヤーが写っていた。

しかし凄いな。コスプレイヤーってこんなドレスや鎧を作る上に、うだるような炎天下で着るんだ。

よくよく見ると、この写真は俺も知っているゲームのコスプレだ。

そう言えばカナメもこのゲームが好きだったな。

 お互い凄い凄いと言いながらコスプレの写真を見ている訳なのだけれど、ふとカナメが気まずそうな声を出した。

「あっ……」

「どした?」

 不思議に思ったのもつかの間。カナメがさっと一枚の写真の上に手を置き、 ずるずると引きずって持っていこうとしている。

もしかして。そう思った俺はにやりと笑ってカナメの手を押さえた。

「隠すなよ~。

そんな隠しごとされたら俺悲しい~」

「でもっ……恥ずかしい……」

「見せてくれないと恥ずかしい物かどうか判断出来ませ~ん」

「もうっ。わ、笑わないでよ?」

 顔を真っ赤にしながらそう言い、カナメは隠していた写真をようやく見せてくれた。

するとそこには案の定、ピンクのワンピースにマントを羽織り、化粧までしてコスプレをしたカナメの姿が写っていた。

 ふと文化祭の時の事を思い出し、甘酸っぱい気分になる。

本当に、なんでカナメは女の子じゃ無いんだ?

 そんな事を言えるはずも無く、この服はどうやって調達したのかとか、この為に髪を伸ばしてたのかとか、 当たり障りの無い話をする。

 暫くそんな話をしている内に料理が運ばれてきて、俺達は食事をしたのだった。

 

 食事が終わってもまだドリンクバーがある。粘れる。と言う事で暫く同人誌即売会とか言う物の話をしていたのだが、 カナメがこんな話をした。

「そう言えば、他の高校の文芸部の人達とも会誌の交換したんだけど、凄く面白い小説書く人が居るんだよ」

「へー、本人には会ったのか?」

「ん~、読んだのが帰ってきてからだから、本人に会ったかどうかはわかんないや」

「何処の高校の人?」

「聞いた事無い学校だったけど、確か東京にある高校だって言ってた気がする」

 一体どんな小説なのだろう。俺が気になると言うと、カナメはいたずらっぽい顔をして、 実は持ってきてるんだ等と言う。

こう言った同人誌と呼ばれる物はあまりおおっぴらにしないのがマナーと言われている様なのだが、 文芸部で出している創作物だったら問題ないだろうと思って持ってきたらしい。

 早速カナメからその会誌を受け取る。

するとどこかで覚えのある違和感を感じた。

本のサイズに対して、存在感が大きいというか……

表紙の装丁もそんなに凝った物では無い。色紙の上等なやつに、黒インクでタイトルが刷られているだけだ。

 不思議に思いながら取りあえず目次を見ると、厚さの割には執筆陣が少ない。

これだけ小説を書くのも大変だろうと思いながら執筆陣の名前を見ると、何となく覚えのある名前が有った。

『新橋 悠希』

 この前うちで法事をやった方の親戚の名字も『新橋』さんだった気がするし、『ゆうき』と言う響きにも覚えが有る。

これは単なる偶然だろうか。

そんな考えを巡らせながら、何となくカナメの左手に目をやった。

 

 借りた会誌を鞄の中に入れた後、今度は自分達の学校の漫研の話になった。

文化祭以降部員が増えたらしいのだが、カナメが難しそうな顔をして、ずっと抱えていた疑問を口にした。

「なんか、文化祭の時に居た可愛い子は誰って聞かれるんだけど、誰のことだかわからないんだよね」

「そうなん?

でも、部員全員集まる事あるだろ?

その時に確認すれば良くないか?」

「それが、漫研の部員って全員が揃う事は無いんだよね。

原稿出来上がってない人は来ないし。

僕は原稿落とした事無いから毎回集まりには出てるしメンバーを大体把握してるんだけど、 そのメンバーの中からこの子かな?って子を紹介しても違うって言われるんだ」

「お、おう」

 もしかして、もしかしなくても、その探されている『文化祭の時に居た可愛い子』はカナメなんじゃないだろうか。

あの時は可愛いメイド服を着ていた上に、化粧までしていて別人だったからな。

まさかお目当ての可愛い子が男だなんて、新入部員は思ってもいないだろう。

当の本人はその事に全く気付いていない様子。

これは黙って置いた方が良いのかな……

 困惑する俺を余所に、カナメは溜息をついて話を続ける。

「それはそれとして、部員が増えたのは良いんだけど新しく入って来た人達、 一人も締め切り守ってくれなかったんだよね。

やっぱり初心者で書き慣れてないと、守るのが難しい納期なのかなぁ」

「う~ん、俺、漫画も小説も書かないからその辺は判断しかねるわ」

「まぁ、僕も漫研って言ってるにもかかわらず毎回小説の原稿作ってるけど」

 こいつ、本気で新しく入って来た部員が漫画を描く気で居ると思ってる。

でも、俺がとやかく言わなくても、可愛い子目当てだけで入って来た部員はその内勝手に振り落とされていくだろうな。

 

†next?†