第五章 分かれ道

 そんなこんなで高校生活も終わり、俺とカナメは別の道を歩む事になった。

俺は大学の仏教学部に、カナメは服飾科に進む事になった。

「これから会う事も少なくなるね」

「そうだな」

 卒業式の日、二人で少しだけそんな話をした。

俺もカナメも進学先は東京なので東京で一人暮らしをする事になるのだが、東京は狭いようで広い。

今までのように毎日会うのは無理だろう。

 カナメはそれが当たり前といった感じで受け入れているけれど、俺は寂しさを感じずに居られなかった。

 なんだろう、俺、一年の時にカナメに一目惚れしたのまだ引きずってんのかな。

あの事もそろそろ笑い話で済むようにしないといけないのに。

 いつものファミレスで二人で暫く話をした後店を出たら、目の前に分かれ道が広がっているような感覚がした。

 

 それから更に数年。俺もそろそろ大学の卒論を提出しなければいけない時期になった。

高校の時からカナメがしきりに『締め切り厳守』と言っていたので、卒論は余裕を持って完成させられていた。

 卒論を提出し、あとは教授の判断待ちというある日、いきなり目の前に何かが降ってきた。

何かと思ったら、スチャッと地面に降り立つ緑の石を敷き詰めたカエル。

「おう、久しぶり。カナメはどうしてる?」

 俺がそう訊ねると、カエルは必死に訴えてきた。

「勤様、ご主人様を助けて!」

「え?何が有ったんだよ」

 俺に助けを求めるとなると、霊障とかそう言うのがカナメに出ているのだろうか。

そう思って詳しく聞くと、カエルはそうでは無いという。

「お電話!お電話してあげて!お願いケコ!」

「わかった」

 何が有ったのかは全くわからなかったけれど、俺はすぐさま携帯電話でカナメのPHSに電話を掛ける。

すると、酷く気落ちした様子でカナメが電話に出た。

「あ、勤。久しぶり」

「よう、久しぶり。最近あんまり会ってないけど、会社の方どうだ?」

 当たり障りの無い世間話から始めよう。

そう思って就職して一年程経った筈の会社の話を振った。

すると、カナメは鼻を啜りながらこう言った。

「会社、辞めちゃった……」

「え?なんでまた」

 前に会った時、カナメは上司にも頼りにされていて、やりがいのある仕事だと言っていたので、 辞めたというのが意外で仕方ない。

それで理由を訊ねたら、こんな答えが返ってきた。

 少し前に社員同士の親睦を深めると言う事で、無礼講の飲み会をしたのだという。

その時に新人の芸というか見せ物としてカナメが女装させられたらしいのだが、 問題は女装をさせられた事自体では無かった。

女装したカナメに目をつけた男の同僚が、何度も何度もセックスフレンドになれと迫ってきたのだという。

勿論そんな物になるのは嫌なので断り続けていたのだが、すると今度は、 終業後無理矢理個室に連れ込んでは恫喝されるようになった。

そんな事が何度も何度も続き、その結果心を病み、会社に行く度嘔吐を繰り返すようになってしまい、 今付き合っている彼女の紹介してくれた医者の指示で会社を辞める事になったのと、 心の病が完治するまで就業は禁止すると言われたのだそうだ。

 泣きながら話すカナメの言葉に、俺は怒り心頭になった。

自分勝手にカナメを弄ぼうとした挙げ句、ここまで傷つけた奴が許せない。

もしそいつが目の前に居たら、殺してしまうだろうという位腹が立った。

「彼女にも相談はしたんだけど、セックスフレンドになれって言われた事は流石に言えなくて、 何処に吐き出したら良いのかわからなくって……」

 電話の向こうで泣きじゃくるカナメに、俺はどう声を掛けたら良いのかわからない。

下手な慰めも、余計傷つけるだけだろう。

俺はただただ、カナメの話を聞き続ける事しか出来なかった。

 

 それから数日後。俺の元に除霊依頼が入ってきた。

依頼主は至って普通のサラリーマン。

彼は最近、身の回りで不気味な水音が聞こえるのだという。

水音が聞こえるだけでは無い。身の回りの物が不自然に濡れていたり、濡れた足跡が残っていたりするそうなのだ。

 早速彼の事を霊視すると、背後に濡れた人影が見えた。

これは憑かれているな。そう思った俺は、まずその霊に何故彼に憑いているのかを訊ねた。

すると霊からはこう返ってくる。

「こいつは俺の宿主を、学生時代に虐げていた。絶対に許せない」

 ううむ……守護霊的な物が宿主を守ろうとこう言う手に出ているのか。それなら少し説得すれば帰ってくれるな。

俺が霊を説得しようと念を送ろうとした矢先、霊がこう言った。

「この前も、こいつは同僚を虐げて傷つけていた。こいつは居ない方が良い」

 なんか似たような話を少し前にカナメから聞いているが、関係はあるのだろうか。

確認を取るために、俺は依頼主に質問をする。

「失礼ですが、学校や職場でいじめなどをしていた事はありませんか?」

「いえ、とんでもない。そんな事はしていませんよ。

ただ、職場の方では勤務態度を注意した同僚が辞めていったばかりですが」

 彼の言葉に、霊の怨念が増す。

ふむ、彼のこの態度では、除霊をしてもまた憑かれるな。

そう判断した俺は、霊の方に、何とか彼を説得して態度を改めさせるからと言い聞かせた上で、彼に言う。

「そうですか。

ただ、注意の仕方がきつすぎたのかもしれませんね。もっとやんわりと伝えられるように心がければ、 改善すると思います」

 俺の言葉に彼は釈然としていない様子だが、金にもをのを言わせる程の財力は無いのだろう。渋々と頷く。

それを確認した上で、俺は霊の方にも念を送る。

そう言う訳で今回は許してやってくれと。

すると、ずぶ濡れだった霊が少し姿を変えた。

水分が飛んだというか、乾いた。

霊のその姿に、なんだか見覚えが有る。

中世ヨーロッパ系の服装で、背が高くて……

 思い出した、高校の時、誰かの法事で見掛けた守護霊だ。

霊はおどろどろしさは消えた物の、厳しい顔つきで俺に言った。

「そう言うのなら、今回は大目に見てやろう。

けれども、次は無いぞ」

 こんな奴の次は無くて良いです。と心のどこかで思いながら、霊が宿主の所へと帰ったのを確認する。

「あなたに取り憑いていた霊は、どこかへと姿を消しました。

善く、正しく生きていく分にはもう大丈夫でしょう」

 俺の言葉に、彼は頭を下げ、除霊料を払ってこの場を後にした。

 

 それから数日後、カナメの事が心配だったので二人で会う約束をしていた。

喫茶店で、初めのうちはたわいの無い話をしていた。

カナメは、彼女の助けも有ってか幾分気持ちを持ち上げる事が出来ているようだが、 それでも高校の時と比べて沈んでいる印象は拭えない。

 二人でコーヒーとお茶を飲みながら談笑していると、突然カナメのPHSが鳴り出した。

彼女から着信かな?と俺は思ったのだが、どうにも丁寧語を使って話している。

 段々冷たい表情になっていくカナメ。

通話を切るなり、カナメはこう言った。

「僕が会社を辞める原因になった人が、亡くなったって」

 突然すぎる話に、思わず戸惑う。

詳細を聞いてみると、いつまで経っても出社してこないのを不審に思った同僚が亡くなった人のアパートを確認しに行ったら、 そこで死んでいたらしい。

ただ不思議な事に、水気も無い部屋だったのにもかかわらず、遺体がずぶ濡れだったという。

 もしかしてこれは、先日除霊依頼をしてきたあのサラリーマンか?

そうは思っても守秘義務があるし違った場合非常に気まずいので、確認を取る事は出来なかった。

 

†next?†