第六章 複雑な思い

 大学も卒業してだいぶ経ち、俺はお寺の手伝いをしながら本格的に退魔師として活動をする事になった。

とは言っても、まだまだ駆け出しだし知名度も無いしで半分無職のような物だ。

そんな感じで学生時代よりも時間にゆとりが出来ていた。

 除霊の依頼を一件片付けたあと、何気なく携帯電話を見てみると、カナメからメールが来ていた。

暇な時に電話くれってなってるけど、今暇だし早速かけてみるかな。

「もしもし、カナメ、何の用?」

 すぐに電話に出たカナメにそう問いかけると、今度彼女を紹介したいから一緒に会わないか。と言う話だった。

そう言えばカナメの彼女って会った事無いな。

 だいぶ前に、カナメに彼女が出来たと聞いた時は凄く複雑な気持ちになったのを覚えている。

何時までもカナメの事を独り占め出来るって、俺は思っていたからかもしれない。

でも冷静になると、独り占めしてどうするんだとか色々ツッコミどころは有る訳で。

照れながら、でも嬉しそうに彼女の事を話すカナメに、やっぱりこいつは男なんだって思った。

カナメが女の子じゃないのは何故なんだと、悶々としていた俺が恥ずかしくなったっけな。

あれ以来、俺はカナメと出会った本当に初期の頃のように、 気の合う男友達としてカナメと接する事に疑問を持たなくなった。

 改めて初心に返らせてくれたカナメの彼女には是非会ってみたい。

「なに?可愛い彼女を俺に見せたいの?」

「えへへ、わかった?」

「お前そんな事言って、彼女が俺に取られたらどうするんですか~?」

「勤はそんな事しないって信じてるから、大丈夫だよ」

「おっ、俺の事そんなに信用してるの?」

 高校の時のような雰囲気で話をしていると、カナメがおずおずとこう言った。

「……それでね、その時に僕、女装していきたいんだけど、良いかな?」

 その言葉で頭によぎったのは、高校一年の時の文化祭。

あの姿がまた生で見られる。

カナメが男だって言う認識が改めて出来て暫く経っては居るし、彼女同伴だと言う事がわかっていても、 女装したカナメと一緒に街を歩けると言う事に期待が膨らむ。

「俺は一向に構わないぞ。

それより彼女がなんて言うかじゃないか?」

「彼女と一緒にデートする時は、大体女装してるから」

 女装したカナメとデートだなんて、思わず一瞬カナメの彼女に妬いてしまった。

いやいやいや、だからカナメは男なんだって。

熱くなってきた顔を手で扇ぎながら話を続ける。

余計な話をちょくちょく入れつつ、俺達は今度会う日の段取りを決めたのだった。

 

 待ち合わせは高級ショッピング街の一角だった。

この辺りも仕事で来る事は有るけれど、私用で来るのは初めてかもしれない。

大きな交差点に面したデパートの前で待っている訳なのだが、例によって早く着きすぎてしまった。

そんな一時間も早く来るとか、俺どんだけ期待してるんだよ……

 しかしそれでも待ち時間三十分程でカナメ達はやってきた。

遠目で見ただけだと、なんだか可愛くてフリフリした服を着た女の子の二人組が居るなぁ。という感じだったのだが、 その内の片方が手を振りながら近づいてきたので判別出来たのだ。

「勤、久しぶり」

「おう、久しぶり。この子が彼女?」

「うん、そうだよ。

美夏、この人が僕の友達の勤だよ」

 カナメがそう彼女に俺の事を紹介すると、彼女が上品に頭を下げて、自己紹介をする。

「初めまして、カナメとお付き合いしている小久保美夏と申します。

今後ともよろしく」

「あ、初めまして。

寺原勤って言います。いつもカナメがお世話になってるみたいで」

「いえいえ、私もカナメになんだかんだで支えられていますし」

 そんな当たり障りの無い挨拶をしながら、カナメと美夏さんを交互に見る。

 うう……可愛い……

美夏さんも可愛いと言えば可愛いのだが、何だろう、見慣れているせいもあるのか思い出補正が掛かっているのか、 カナメが、じっと見つめる事が出来ないくらい可愛い。

カナメの事を見ていたいけれど見つめていられない。そんな訳で視線を泳がせながら三人で話しているのだが、 カナメがこんな事を訊いてきた。

「どうしたの?

落ち着いてないみたいだけど、緊張してる?」

 心配そうな顔をするカナメの言葉に、俺は思わずこんな事を口走る。

「いや、すっごい可愛いと思って……」

 しまった、つい本音が出た。

真意が知られないかどうかひやひやしていると、カナメが笑って口をとがらせ、美夏さんの腕に抱きついてこう言った。

「可愛いでしょ。でも、僕の彼女だからね」

 だからそう言う表情と反応をするお前が可愛いんだって。

「わかってるって、横取りしたりしないから安心しろよ」

 少しぎこちなく笑って、これから何処に行くかなんて話をする俺の頭にカナメに憑いているカエルが飛び乗ってくる。

何かと思って居たら、さすさすと俺の頭を撫でながらこう言った。

「鈍感なご主人様でごめんね」

 今更だし気にするな。そう念を送ると、カエルはケコッと鳴いた後、再びカナメの元へと戻っていった。

 

 待ち合わせの後に向かったのは、大通りから一本入った所に有る、高級そうな紅茶専門店。

そこでランチを食べてお茶をしようという事になった。

 ここの紅茶は種類がいっぱい有るし、どれも美味しいとカナメと美夏さんは言っているが、 銘柄一覧を見ても何が何だかわからない。

普段紅茶なんて飲まないからなぁ。

「どの紅茶がお勧めなん?」

 そう二人に訊くとこう返ってきた。

「僕はスモーキーアールグレイとか好きだけど」

「燻製系は一般受けしないでしょ。

私のお勧めは、癖の無いマーガレットホープですね」

 そう言えばカナメってやや悪食の気があるんだよな。ここは美夏さんのお勧めを素直に頼んだ方が良さそうだ。

そんなこんなでメニューを決め、店員さんを呼んだのだった。

 

 なんか妙に豪華だったランチメニューも食べ終わり、食後にゆっくりと紅茶を飲んでいる。

紅茶って馴染み無かったけど結構美味しいな。美夏さんの見立てが良かったのだろうか。

カナメは先ほど言っていたスモーキーアールグレイというのを注文していたけれども、うん、なんて言うんだろう、 微かに香ってくる匂いで、カナメのお勧め通りにしなくて良かったなんて思ったり。

 雑談をしている内に、仕事の話になった。

カナメは今は家族の仕送りと障害者年金で生活しているそうなのだが、美夏さんの職業を聞いて唖然とした。

まさか、まさかだよ?友人の彼女が軍属で、結構上の方の地位だなんて思う訳も無いじゃ無いか。

「偶に国外のいざこざで出張する事があるんですけれど、それ以外は割と自由な時間が多いんですよ」

 国外のいざこざって、それなんかすっごい命に係わりそうなんだけど?

 けれども、そんな危険な仕事に文句を言う事も無く、日本国を守れる事と、 他の国の手助けを出来る仕事に誇りを持っている美夏さんを見て、彼女にならカナメを任せても良いかなと思った。

 その内に俺の仕事の話になり、何処まで話して良いかどうか悩んでしまう。

実は退魔師をしていると言う事はカナメにも話していないのだ。

 少し考えた後に、こう答える。

「俺は実家がお寺で、法要とかそう言うのがある時に手伝いをしてるんですよ。

あ、でも最近は卒塔婆の文字もプリンターで刷れるようになったし、 その仕事が無くなっただけでも結構楽かな?」

「そうなんですか。

卒塔婆の文字を書くのって、今まで大変だったでしょう?」

 そんな感じで退魔師の話は出さずに済み、その日は三人で楽しく過ごす事が出来た。

 

†next?†