第十三章 苦灰石

 自然硫黄の匂いがしなくなって暫く、周囲には赤い結晶が浮かんでいた。

ルビーに似ている様な、そうで無い様な。ずんぐりした赤い結晶を手に取り、おじさんは少年に尋ねる。

「ねぇ、君は。君は私の友達に、本当になってくれるのかい?」

 少年は答える。

「はい。僕も、おじさんの友達になりたいです」

 何故急にこんな事を尋ねたのだろう。

少年が不思議に思っていると、おじさんが赤い結晶を少年に見せて、こう言う。

「この石は辰砂と言って、水銀が取れる大事な石だよ。

これも、絵画の絵の具に使われる事があるね」

 おじさんの言葉に、少年は慌てる。

「おじさん、水銀って、その石は触っても大丈夫なんですか?」

 さきほどの硫砒鉄鉱が余程怖かったのか、そう怯える少年に、おじさんは優しく答える。

「辰砂はそのまま触っても大丈夫だよ」

 それから、ひどく寂しそうな顔をして少年に言う。

「ねぇ、君は、ここに居て楽しいかい?」

「はい。おじさんが色々教えてくれるから、楽しいです」

「それでは、私と一緒に、ずっとここに居てくれないかい?」

 その言葉に、少年は戸惑う。

初めて会ったこのおじさんと、ずっと一緒に居たい様な気がするのだ。

 少年には、友達が居ない。正確に言えば、生まれた時から一緒に育った飼い犬が友達なのだが、 人間の友達は、居なかった。

初めて出来た、人間の友達であるおじさんから、離れたくなかった。

 少年は悩む。そして少年に、おじさんがひどく鮮やかな色をした辰砂を差し出して言う。

「これを一飲みすれば、君はずっとここに居られるよ。

大丈夫、私も、これを飲むから」

 思わず、辰砂に手が伸びた。

辰砂を受け取り、握りしめて、少年は意を決した様に答える。

「ごめんなさい。おじさんの側に居たいけど、僕は帰らなきゃいけないんです」

 おじさんは悲しそうに尋ねる。

「どうしてもなのかい?」

 少年は泣きながら、辰砂をおじさんに差し出す。

「外で、生まれた時から一緒の友達が待ってるし、それに」

「それに?」

「僕、もうすぐお兄ちゃんになるんです。

だから、生まれてくる弟か妹に、会いたいんです」

 しゃくり上げながら泣く少年を見て、おじさんは洋燈を地面に置き、持っていた辰砂を放って抱きしめる。

「そうか、そうか。それなら君を外に帰してあげよう。

でも、私の事は忘れないでおくれ」

 少年を抱きしめたまま頭を撫で、落ち着いた所で少しだけ身を離して、黄色い外套の中から小さな、 透き通った藍色の結晶を取り出す。

不思議そうな顔をする少年に、おじさんは結晶の説明をする。

 これは藍鉄鋼と言って、本当は熱水鉱脈から採れる石だよ。さぁ、 これを飲み込んでご覧。すぐに帰れるよ。おじさんはそう言った。

藍鉄鋼を受け取った少年は、口元に持っていったがすぐには飲み込まず、おじさんに尋ねた。

「おじさん、僕、おじさんの名前が知りたいです」

 少年の言葉におじさんは、きっと忘れないでおくれよ。と言って名乗る。

「私の名前は蓮田岩守。

君が何か辛い事があった時は今日の事を思い出して、そしてまたいつか、私の所に来ておくれ」

 少年は、はい! と強く返事をし、藍鉄鋼を飲み込んだ。

 

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