自然硫黄の匂いがしなくなって暫く、周囲には赤い結晶が浮かんでいた。
ルビーに似ている様な、そうで無い様な。ずんぐりした赤い結晶を手に取り、おじさんは少年に尋ねる。
「ねぇ、君は。君は私の友達に、本当になってくれるのかい?」
少年は答える。
「はい。僕も、おじさんの友達になりたいです」
何故急にこんな事を尋ねたのだろう。
少年が不思議に思っていると、おじさんが赤い結晶を少年に見せて、こう言う。
「この石は辰砂と言って、水銀が取れる大事な石だよ。
これも、絵画の絵の具に使われる事があるね」
おじさんの言葉に、少年は慌てる。
「おじさん、水銀って、その石は触っても大丈夫なんですか?」
さきほどの硫砒鉄鉱が余程怖かったのか、そう怯える少年に、おじさんは優しく答える。
「辰砂はそのまま触っても大丈夫だよ」
それから、ひどく寂しそうな顔をして少年に言う。
「ねぇ、君は、ここに居て楽しいかい?」
「はい。おじさんが色々教えてくれるから、楽しいです」
「それでは、私と一緒に、ずっとここに居てくれないかい?」
その言葉に、少年は戸惑う。
初めて会ったこのおじさんと、ずっと一緒に居たい様な気がするのだ。
少年には、友達が居ない。正確に言えば、生まれた時から一緒に育った飼い犬が友達なのだが、 人間の友達は、居なかった。
初めて出来た、人間の友達であるおじさんから、離れたくなかった。
少年は悩む。そして少年に、おじさんがひどく鮮やかな色をした辰砂を差し出して言う。
「これを一飲みすれば、君はずっとここに居られるよ。
大丈夫、私も、これを飲むから」
思わず、辰砂に手が伸びた。
辰砂を受け取り、握りしめて、少年は意を決した様に答える。
「ごめんなさい。おじさんの側に居たいけど、僕は帰らなきゃいけないんです」
おじさんは悲しそうに尋ねる。
「どうしてもなのかい?」
少年は泣きながら、辰砂をおじさんに差し出す。
「外で、生まれた時から一緒の友達が待ってるし、それに」
「それに?」
「僕、もうすぐお兄ちゃんになるんです。
だから、生まれてくる弟か妹に、会いたいんです」
しゃくり上げながら泣く少年を見て、おじさんは洋燈を地面に置き、持っていた辰砂を放って抱きしめる。
「そうか、そうか。それなら君を外に帰してあげよう。
でも、私の事は忘れないでおくれ」
少年を抱きしめたまま頭を撫で、落ち着いた所で少しだけ身を離して、黄色い外套の中から小さな、 透き通った藍色の結晶を取り出す。
不思議そうな顔をする少年に、おじさんは結晶の説明をする。
これは藍鉄鋼と言って、本当は熱水鉱脈から採れる石だよ。さぁ、 これを飲み込んでご覧。すぐに帰れるよ。おじさんはそう言った。
藍鉄鋼を受け取った少年は、口元に持っていったがすぐには飲み込まず、おじさんに尋ねた。
「おじさん、僕、おじさんの名前が知りたいです」
少年の言葉におじさんは、きっと忘れないでおくれよ。と言って名乗る。
「私の名前は蓮田岩守。
君が何か辛い事があった時は今日の事を思い出して、そしてまたいつか、私の所に来ておくれ」
少年は、はい! と強く返事をし、藍鉄鋼を飲み込んだ。