第六章 異国の都

 コンの家でお世話になり始めてから数週間。疲れ果てて眠っている時間の多かったウィスタリアとルカも、しっかりと食事ができるまでに回復した。
 コンの家から少し歩いたところに清らかなせせらぎがあり、そこの水を使って沐浴をする事もできたし、旅の間なかなか洗濯できなかった服もすっかり洗って身嗜みを整えられるようになった。
「本当に、コンには感謝してもしきれません」
「とても助かりました。ありがとう」
 朝食を食べながらルカとウィスタリアがコンに言うと、コンはにっと笑って空になったウィスタリアの器を手に取る。
「いやぁ? これからもっと感謝したくなるようなことするんだから、これくらいで済むと思って貰っちゃ困るな」
 かまどの上に置かれた鍋から、白くて柔らかな塊をおたまですくい取って器の中に入れる。これはコン曰く、大豆の汁を搾ったものに苦瓜と塩を入れて固めたものらしい。ルカはもちろん、ウィスタリアもこのような食べ物を食べるのははじめてだったけれども、ほのかな苦味と塩味の中に表現しがたい旨味があって、起き抜けで寝ぼけたお腹にもやさしい。
 すっかりこの不思議な食べ物を気に入ったウィスタリアは、食べるときは器に二杯ほどは必ず食べるようになったけれども、そのことにコンは不満を見せるどころか嬉しそうにしている。
 おかわりを食べているウィスタリアの隣で、ルカは蓋付きのカップでお茶を飲んでいる。そのお茶は、カップの中に直接緑色の茶葉を入れお湯を注いだもので、カップにぴたりとかぶさる蓋を少しずらし、隙間から少しずつ飲んでいくという、やはりこの国に来て初めて見る形式のものだった。
 緑色のお茶というのにもふたりは驚いたのだが、この飲み方にももちろん驚いた。はじめルカは納得がいかないという顔をしていたけれども、ウィスタリアの、洗い物が少なくて良い。の一言で納得した様だった。
 穏やかな朝の時間が流れる中、椅子に座ったコンがお茶を飲みながら言う。
「さて、お前達もだいぶ体調整ったし、まずは都のお偉いさんに会って貰おうか」
 それを聞いて、ルカがはっとして口を開く。
「そうですね、先日からそうするという話にはなっていました」
 続いて、ウィスタリアも口の中のものを飲み込んで言う。
「そういやそうだった。
いきなり皇帝に会うってのは難しいですしね」
「いきなり皇帝はいくら俺の案内があっても難しいからな」
 いきなり皇帝に会うのが難しいのはウィスタリアにもわかる。けれども、なぜコンはこんな所に住んでいるのに、お偉いさんとやらと知り合いなのだろう。それが不思議な気はしたけれども、ウィスタリアは自分の経歴を振り返って、歌手だった頃は確かに自分も貴族と直接の繋がりがあったと思いだし、コンもなにかしら重用されるところがあるのだろうなと、なんとなく納得した。

 朝食を食べ終わり、後片付けも済ませてから、三人は都に向かった。これからコンが都に住む官吏に紹介してくれるというのだ。
 その官吏は都から離れたカントンで行われている貿易で得られる朝貢品の管理をしているのだそうだ。
 山を下り村を抜け、しばらく歩いていると賑やかな音が聞こえてきた。都の人々の声だ。
 都に辿り着き、大通りを歩くと白い石と赤く塗られた木で建てられた家々が続く。その光景はあまりにも鮮やかだった。
「なんでしょう、私が知っている華やかさとは違う……」
「鮮やかで派手なのに派手じゃない」
 初めて見る光景と色彩に、ルカとウィスタリアは頻りに周りを見渡す。その様子を見て、コンがふたりを振り返って言う。
「珍しいのはわかるけど、あんまきょろきょろしてはぐれるなよ。
変な路地に入ったりしたらすぐに貧民街だ。なにがあっても保証できないからな」
「ひえ……気をつけます……」
「そう言うところは万国共通~」
 いささか脅しがききすぎたのか、ルカとウィスタリアがはしっとコンの服の裾を掴む。コンは少し歩きづらそうにしたけれども、満更でもない様子だった。

 コンの案内で辿り着いたのは、他の家に比べて一際大きく、ブルーグレーの瓦で屋根が覆われた館だった。門番にコンが声を掛けると、門番が館の中に入り誰かに声を掛けた。一体何を話しているのかはわからないけれども、奥から女中とおぼしき身なりの良い女性が出てきて声を掛けてきた。やはりなにを言っているのかはわからないけれど、女中の後についてコンが歩いて行くので、目的の官吏のところまで案内してくれるのだろう。
 案内された先には、黒い木に透かし彫りを施した重々しい扉があった。その扉を女中が開くと、奥には黒地に色とりどりの刺繍を施した、たっぷりとしたラインの服を着た女性がゆったりと長椅子に座っている。
 手の込んだ服だけでなく、結い上げた髪を華やかな髪飾りで彩っているところから見ても彼女が地位ある人物である事がわかる。
 コンが彼女に話し掛ける。
「ピングォ、こいつらがちょっと前に話した西から来たやつらなんだけど」
 それを聞いてウィスタリアが不思議そうな顔をする。自分たちと同じ言葉でチャイナの官吏に話し掛けて通じるのか疑問なのだ。おなじ疑問をルカも抱いたようで、少し目を細めている。
 すると、官吏は当然と言ったふうで、コンにチャイナの言葉で返す。なにを言っているのかは、もちろんウィスタリアたちにはわからない。
 少しの間、コンとピングォと呼ばれた官吏がやりとりをする。
「こいつらを皇帝に会わせたい」
「仙丹の情報は皇帝のところに集まってるから」
「そう。その情報を求めてこいつらは来た」
 やりとりを聞いて、ルカが小声でウィスタリアに耳打ちする。
「ウィスタリア、気づきましたか?」
「え? 何に?」
「コンが何を話しているかわかりますよね?」
「うん、わかります」
「でも、よく聞いて下さい。コンが話しているのは、チャイナの言葉です」
 それを聞いてウィスタリアもはっとする。確かに、よく聞いているとコンとピングォはおなじ言葉を話しているように聞こえる。それなのに、それなのになぜか、コンの言葉だけ意味がわかるのだ。
 不可解な現象に、背中が粟立った。

 

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