第五章 いざ茨城

 銀座のデパートでショッピングを楽しみ、 夕食を食べようと大通り沿いにあるビルに入る。エレベーターに乗り五階で下りると、 そこは暗いけれども所々ポイントで照明が照らしている、不思議な空間だった。あらかじめ予約をしておいたので、 席に着くまではスムーズだ。案内されたのは、壁と薄いカーテンで区切られたソファ席。天使様達に隣り合って座って貰い、 僕はその向かいに腰掛ける。

 予約の時にコースを注文して置いたのだけれど、まずはドリンクをどうするか、 ウェイトレスが訊きに来た。プリンセペル様は青いリキュールのカクテルを、 メディチネル様は赤いグラデーションになっているカクテルを、僕はこの後車の運転があるのでハーブティーを注文した。

「変わったお店だね。日本国のダイニングって、みんなこんな雰囲気なの?」

 トランプモチーフが散りばめられていたり、大きなティーカップが置かれている店内を見て、 メディチネル様が不思議そうにそう訊ねる。

「そうですね、どこもかしこもこう言った場所というわけでは無いのですが、ここはコンセプトバーなので」

 僕がそう答えると、天使様達は不思議そうな顔をする。

「うん? コンセプトバーというのはなんなんだ?」

 プリンセペル様も気になったようなので、コンセプトバーというのがどういう物なのかを簡単に説明する。つまりは、 決まったモチーフを元に世界観を作り上げているバーと言う事だ。

「へー、そんなのがあるんだ。随分可愛いお店だなって思ったけど」

「お気に召しませんでしたか?」

「雰囲気は好きだな。問題は、料理が美味しいかどうかだね」

「確かに、それもそうですね」

 このお店のモチーフはなんなのか、そんな話をメディチネル様としているうちに、飲み物と前菜が運ばれてきた。

 こういう所は滅多に来ないのだからと、三人で乾杯をして食事を楽しんだ。

 

 食事を楽しんだ後、僕達はまた日本橋の駐車場に戻り、車に乗り込んだ。駐車料金を払い地上に出る。道路の上では、 沢山のテールライトが輝いていた。

「これから茨城に向かうのか?」

 後ろの座席からそう問いかけてくるプリンセペル様に、こう答える。

「はい。これから茨城に向かって、今日の宿に行きます」

「こんな時間からホテルに向かって、チェックインは大丈夫なのか?」

「そうですね、日付を跨いでからでもチェックイン出来ますし、一応、今日は遅くにチェックインするかも知れないと、 ホテルに連絡を入れておきました」

「そうか、それなら安心だな」

 バックミラーで天使様達が座って居る座席を見ると、歩き回って疲れたせいか、 それともお酒を飲んで酔ったせいか、メディチネル様がプリンセペル様にもたれかかって居た。

「ジョルジュ、なにか曲をかけてくれ」

「メディチネル様がおやすみになっているようですが、良いのですか?」

「ああ、なにか静かな曲があったら、かけて欲しいと思ったのだが」

「なるほど、かしこまりました」

 今オーディオの中に入れているCDが、 確かレクイエムだったはずだ。それなら眠りを妨げることも無いだろう。そう思い、 赤信号で止まったところでオーディオの操作をする。

 流れてきたのは、パイプオルガンの音と聖歌隊の歌声。これなら眠りの邪魔にならないだろう。

 そう思ったのだけれど。

「うう……仕事が……うう……神、やめて……」

 暫くしてメディチネル様がうなされ始めてしまった。

 確かに、聖歌と言うと我々人間としては神様を讃える歌だが、天使様達からすると職務中のBGMだろう。

 やらかしてしまった。そう思い、プリンセペル様にCDを止めるかどうか訊ねると、 昼間かけていたSDカードの曲をかけて欲しいと、そう返ってきた。暫くそのまま車を走らせていたけれど、 赤信号でまた止まったのを見計らい、大人しくオーディオを操作して、 SDカードに切り替える。賑やかな曲だけれど大丈夫だろうか。そう思って、バックミラーを見ると、 メディチネル様は安らかな顔をしていた。

 

 国道六号線に乗り、車を走らせること二時間弱、 今日泊まるホテルへと辿り着いた。そのホテルは茨城に有るとは言っても端の方で、 東京からそう遠くない場所にある。すぐ近くには国鉄の駅が有り、駐車場も付いている。

 ホテルの駐車場に車を停め、天使様達に声を掛ける。すると、 いつの間にかプリンセペル様も眠ってしまっていたようだった。僕が天使様に触れていいとは思えないので、 名前を呼んでホテルに着いたことを告げる。するとお二人は、寝ぼけ眼で車から降りた。それを確認してから僕も車を降り、 全員分の荷物を車から降ろす。流石に三つ全部を持つのは無理なので、天使様達にもキャリーカートを引きずって貰い、 ホテルの中へと入った。

 

 チェックインを済ませ、部屋へと案内される。部屋は例によって二人部屋で、僕は仮設のベッドで寝ることになる。

 早速プリンセペル様がシャワーを浴びにバスルームへと入った。その間に、僕とメディチネル様で話をする。

「明日は何時頃にここを出るの?」

「そうですね、八時頃に出る予定です」

「ネモフィラ見に行くんだよね?」

「そうです。ただ、この時期は混みますから、駐車場に入るまで少し待つかと思いますが」

 明日の予定は、海浜公園でネモフィラを見て、 それから福島へと向かうことになっている。出来れば夕食の時間までには予約しているペンションに行きたいので、 海浜公園を見るのは昼頃までだろう。

 一面に咲くネモフィラというのはどんな物なのか。インターネットで見た写真だけでも素晴らしいものだったけれども、 きっと実物は、想像に及ばないほどの物なのだろう。

 暫くメディチネル様と話しているうちに、プリンセペル様がシャワーを済ませたようで、 入れ替わりでメディチネル様がバスルームに入っていった。

 それから、プリンセペル様にも何時頃に起きれば良いかを伝え、予定の話をする。

「明日はネモフィラの花畑か。どんな物か楽しみだな」

「そうですね、公園の公式サイトによりますと、丁度今満開を迎えているそうです」

「なるほど。

ところで、明日行く海浜公園には、何か美味しい物は無いのか?」

 訊くと思った。

 念のために何か珍しい食べ物は無いかと事前に調べて置いたのだが、 そこまで珍しい物は無かった様な気がする。ああ、でも、これは茨城らしいなと思った物が一つあったのだった。

「入場口から入ってネモフィラの丘に行く途中にレストハウスがあるのですが、 そこで干し芋タルトが食べられるそうです」

「干し芋? 干した芋というのは余り聞かないが、美味しいのか?」

「はい。スイートポテトを干した物なのですが、干すと糖度が増して甘くなるんです。

茨城ではその干し芋が有名なのですが、それを使ったタルトとのことです」

 僕の説明を聞いて、プリンセペル様は案の定、 今すぐにでも食べたいと言った顔をしている。これは楽しみにして貰って置いて、 明日忘れずにレストハウスに寄らないと。

 暫くプリンセペル様と話していると、今度はメディチネル様もシャワーを終えたようなので、 僕もシャワーを浴びる事にした。

 もうなかなかに遅い時間だし、天使様達には先に寝て貰って、僕も上がったらすぐに寝よう。

 

 翌朝、簡単な朝食を食べて、身嗜みを整えて、荷物を車に積んでホテルを出発した。

 カーナビの言う通りに行くのならば、常磐自動車道に乗って一時間かそこらで着くはずだ。だけれども、 やはり途中休憩は欲しいのでもう少しかかるだろう。

 昨夜国道六号線を走っていたときと同じように、オーディオをかけて北へと向かった。

 

†next?†