第六章 空色の花畑

 ホテルから出発して暫く。無事に高速道路にも乗れ、 渋滞も無く順調に進んでいた。ずっと休憩無しでここまで来たけれども、 そろそろパーキングに停まって一度休憩をした方が良いだろう。そう思って、後ろに座って居る天使様達に声を掛ける。

「そろそろ休憩しますか? もう少しでサービスエリアがあるのですが」

 そう言えば、車の中で飲む飲み物も買っていなかったし、ペットボトルを買うのも含めて提案すると、 プリンセペル様がこう答えた。

「そうだな。飲み物も欲しいし、少し身体を伸ばしたい」

 メディチネル様も続けて言う。

「そうだね。あんまり縮こまってるとエコノミー症候群とか心配だし」

 エコノミー症候群、言われてみればそう言うのも有るのだった。お二人とも少し車から降りたいようだし、 次のサービスエリアに寄ることに決めた。

 

 サービスエリアに車を停めて、売店で各々飲み物を買う。僕は眠気覚ましも兼ねてコーヒーを、 メディチネル様は塩とライチのジュースを、プリンセペル様は赤いベリーのジュースを選んだ。

 ボトルの入った袋を下げて売店をもう少し回った後、そろそろ車に戻ろうかと、 自動ドアをくぐった。そのまま車が置いてある方へと歩き出したのだけど、 ふと気づくとプリンセペル様の姿が見えない。どうしたのかと思い振り返ると、 売店に併設されている屋台で何かを買っていた。

「あー! あの子ってば買い食いしちゃって!」

 メディチネル様が慌ててプリンセペル様に駆け寄るので、僕も駆けていくと、 屋台の前でプリンセペル様がホットドッグを囓っていた。

「ちょっと、朝ご飯食べたばっかりなのになんで食べてるの」

「いや、このサービスエリアの限定品だと言うから、気になって」

 何食わぬ顔でホットドッグを囓っているけれど、多分、 プリンセペル様はホテルの朝食だけでは足りなかったのだろうな。

「まぁまぁ、もしかしたらお昼ごはんは遅めになるかも知れませんし、 それだと多少間食してしまっても仕方ないかと思います」

 僕がそう言ってメディチネル様を宥めると、しょうがないなぁ。と言ってから、 ホットドッグを囓るプリンセペル様を見ている。

「ところで、そのホットドッグは限定って言ってたけど、何が入ってるの?」

「ん? 納豆が入っていると書いて有ったが」

「うえぇぇ? 納豆?

ねばねばするんでしょ、あれって。ホットドッグに入れて良い物なの?」

「うーん、確かに多少ぬめぬめしてる感じは有るが、美味しいな」

 確かに、茨城というと納豆が有名だが、いかんせんあの食感と匂いだと天使様達には勧めづらくスルーしていたのだが、 まさかプリンセペル様が自ら突っ込んで行くとは。実は、僕は納豆が苦手なので、それで勧めがたかったというのもある。

 納豆がどんな物か気になったらしく、メディチネル様も一口、ホットドッグを囓っている。

「うーん、確かにねばねばするけど、聞いてたほど嫌な感じはしないかも」

「そうだろう?」

 それから、プリンセペル様が僕の方を向いてこう訊ねてきた。

「ジョルジュも一口食べるか?」

「いえ、僕は遠慮させていただきます」

「そうか、納豆は苦手か」

 余程困ったような顔をしてしてしまったのか、言わずにその事が通じたのは助かったけれども、 納豆で無くとも僕が囓った物を天使様が食べて良いのかというのは非常に疑問なので、 大人しく引き下がってくれて助かった。

 

 サービスエリアでひと休みした後、また暫く高速道路を走り、 海浜公園最寄りのインターチェンジで下りる。一般道に入ると、 そこは周りに何も無い様に感じる場所だった。少しカーナビの案内を無視して道路を迂回し、 海浜公園の駐車場に入るのであろう、車の列に並ぶ。少しずつ、ゆっくりと列が動いていく。程なくして、 無事に駐車場に車を停めることが出来た。

「結構人来てるね」

「そうですね、ここのネモフィラは有名ですから、観光ツアーも組まれているでしょうし」

 思いの外人が多いことに、メディチネル様は少し驚いたようだ。

 人波に紛れて入場ゲートへと行き、入場料を払って園内に入る。入ってすぐの所に、風で飛ばされないようにだろうか、 握り拳ほどの石が上に置かれた園内マップが有ったので、それを一枚貰って、 ネモフィラの花畑がどこにあるのかを見た。すると、プリンセペル様が地図を覗き込んでこんな事を言う。

「ところで、どこで干し芋のタルトが食べられるんだ?」

 さっき食べたばかりなのに。

 僕がそう思っていると、メディチネル様が呆れたように言う。

「もう。後から後からそんな食べないの。タルトはお昼ごはんの後ね。わかった?」

 それに対してプリンセペル様は少し不満そうだけれど、僕も言葉を続ける。

「そうですね、まだレストハウスが開いていないので、先にネモフィラを見に行きましょう」

「開いていないのか、それでは仕方が無いな」

 僕の言葉に納得してくれたようなので、早速ネモフィラの花畑へと向かった。

 

 ネモフィラの花畑へ向かう途中、少し寄り道をして水仙が沢山植えられたガーデンを通り、 思ったよりも距離があるなと、そう感じた頃に、古民家が二軒ほど並ぶ開けた場所に出た。目の前には黄色く輝く菜の花と、 空と同化してしまうのでは無いかという青いネモフィラが揺れる丘が有った。

「えー、すごい、こんなにいっぱい同じ花が咲いてるんだ」

「同じ花が群生しているのは、珍しいですか?」

 物珍しそうに声を上げるメディチメル様にそう問いかけると、天使様達がこう教えてくれた。

「そうだね。天界だと、ある程度群生はしててもここまででは無いからね」

「基本的に、こうやって特定の植物をまとめて植えると言う事はしないからな。

これはまさに人間の所行だ」

 なるほど、天界の植物は自然に生えるがままにして居るのか。それだとこう言った花畑は珍しい物なのだろう。

 お二人ともはしゃいだ様子で、ネモフィラの丘に登りたいと、そう言うので、青い丘の裾から伸びる細い道に向かった。

 

 ネモフィラの丘の上に登ると、人が沢山居るとは言え、 まるで空か海の上にいるようだった。広い丘一面に揺れるネモフィラは、晴れた春の空を思わせ、同時に、 澄み切った南国の海のようだった。

「すごいすごーい! 写真撮ってシェアしよう!」

 スマートフォンを取り出して、早速何枚も写真を撮っているメディチネル様を見て、 自分も写真を撮っておきたくなったのか、プリンセペル様もスマートフォンを花の海に向けている。僕も、 帰ってからフランシーヌ達家族に見せられるように、スマートフォンに揺れるネモフィラの丘を写した。

 三人で揃って青い丘を撮った後、メディチネル様がこんな事を言った。

「折角だから三人で記念写真撮ろう!」

「え? 三人でですか?」

 まさか天使様が撮るような記念写真に自分も写ることは想定していなかったので、思わず聞き返してしまう。

「そうだな。折角だから撮るか」

 プリンセペル様もそう言って僕の隣に立つし、 メディチネル様も反対隣にスタンバイしている。本当に写って良いのかと戸惑っている間にも両側から肩と腰を抱かれて、 かなり密集している状態になってしまった。

「それじゃあ撮るよ~」

 そう言ってメディチネル様は、開いている方の手でスマートフォンを自分達に向けて、 腕を伸ばしている。何度かシャッター音が響き、その間僕は緊張したままだった。

 早速この写真をSNSに載せて良いかと聞かれたけれども、まぁ、 大丈夫だろう。天使様達が使っているようなSNSで、 僕のことを知っている誰かが居るとも思えない。なので、素直に掲載して良いと言う旨を伝えた。

 

 その後暫くネモフィラの丘を眺めて、ゆっくりと下っていった。少し昼食が遅くなるのを前提に、 ロックガーデンを回って、また入場ゲートまで戻ってこようと言う事になり、菜の花が添えられた青い丘を後にした。

 

†next?†