第四章 桃

「さあ、今日はパーティーがあるから準備なさい。」

その日のアフタヌーンティーの時間、突然そう言われた。

いや、そんな当日夕方に言われても…

「今日パーティーだって今初めて聞いたんですけど、何かあったんですか?」

困惑を隠しきれない僕に、母上が簡単な説明をしてくれる。

「なんか急に決まったらしいわよ。

主催者がジャポンの『モモノセック』って言う風習のことを聞いたんだって。

それが今日だって事で、 とりあえずよく解らないけどジャポネスクの風潮に乗って、 パーティーを開くという方向になったらしいわよ。」

「何でそんな曖昧なパーティーに行かなきゃいけないんですか。」

パーティーに行くのが面倒なのでそう反論すると、母上が酸っぱい顔をする。

「だってせっかく作って貰ったアクリルの簪を披露したいし、 お父様から貰った漆の簪も使いたいし。

貴方のお嫁さんを捜す機会も多い方が良いでしょ?」

「あ~、まあ、三十路前には結婚したいってのが本音ですが。」

でもパーティーに来る子で好みの女性が居ません。

そうは思っても口に出せる訳もなく。

僕がモゴモゴしている間にも、母上は今夜のパーティーに行く算段を付けていく。

ああ、気が進まないなぁ…

 

そして夜、結局僕は曖昧な動機のパーティーに連れてこられてしまった。

会場に入ると、テーブルやら壁やら、至る所に桃の花が飾られている。

そして入り口の向かい側にある壁には、階段状の棚が設置されていて、 その上にビスクドールがみっちり並べられている。

桃の花は季節だから飾っていても全くおかしくはないのだけれど、 どうにもビスクドールの集団が解せない。

母上なら何か知っているだろうか、そう思って母上に訊ねると、 「ああ、 なんでも『モモノセック』の時は『オヒナサマ』って言う人形を段飾りに飾るらしいのね。

でも『オヒナサマ』がどんな物か解らなかったから、 とりあえず家にあったビスクドールをかき集めて飾ったみたいよ。」

と返って来た。

「何で僕はそんな中途半端にジャポンの形式をなぞったパーティーに居るんですか母上。」

「あなた引き篭もり何だから、偶には外に出て交友を広めなきゃ駄目よ。」

うわ、痛い所突いてきた。

確かに僕は引き篭もりかも知れないけど、仕事の関係上仕方ないじゃないか。

そうやって僕が軽くショックを受けている事を知って知らずか、母上は僕に言う。

「とりあえず、アーちゃんお友達とお話ししてくるわ。じゃ。」

その言葉を残して何処かへ行ってしまった。

 

僕が一人ポツンとその場に佇んでいると、二人の女性が声を掛けてきた。

「まあ、デュークも来てたのね。嬉しいわ。」

そう話しかけてきた、緑のドレスに金髪の女性。僕は引きつった作り笑いで言葉を返す。

「やぁ、エメラダ。居たんだ。」

そして次に声を掛けてきたのは花柄のドレスに薄い茶髪の女性。

「よかったら一緒にお話しましょうよ。」

その言葉に、同じ様に引きつった作り笑いで返す。

「あぁ、うん、ロザリンも居るんだ。

二人ともパーティーだと良く一緒に居るよね。」

正直この二人には会いたくなかったなぁ。

何故かというとこの二人、 一度話しかけてくると底引き網に引っかかったエチゼンクラゲの様になかなか離れてくれない。

「お母様の付けている簪見たわよ。

素敵ね!

あれって貴方が作ったんでしょう?」

「今度私もデュークの作ったアクセサリーが欲しいって、お父様におねだりしてみようかしら!」

「まぁ、それはいいわね!

私もおねだりしてみようかしらね。

ロザリンは何を作って貰いたいの?」

「デュークが作ってくれる物なら何でもよ。

エメラダは?」

しかもこんな感じでマシンガントークとかを目の前で延々繰り広げてくれたりもする。

口下手な僕は口を挟むことすら不可能で、ただ作り笑いを浮かべて適当に相づちを打つばかりだ。

暫くそうやって作り笑いをしていたら、何だかだんだん頭がクラクラしてきた。

この二人振り切ってテラスに出られないかな。

ちょっと新鮮な空気が吸いたいよ。

相変わらずマシンガントークを繰り広げているエメラダとロザリンに気づかれないように、 じりじりと、少しずつ距離を取る。

それから、二人が目を離した隙に早足でその場を離れて、急いでテラスへと向かった。

 

「…気分的に疲れた…」

暗いテラスに出た僕は、手すりに寄りかかって溜息をつく。

広間とテラスを隔てる硝子戸が締まっているだけで、 パーティーの喧噪が遠くなったような気がする。

暫くすると気分が落ち着いてきた。

 寒いけど暫く外に居よう。そう思って一息つくと、誰かがテラスに出てきた。

「気分がすぐれないのですか?」

その人は、僕にそう問いかける。

「はい、ちょっと人酔いしたみたいで。」

そう答えながら振り向くと、紫のドレスを着た女性が立っていた。

顔は、暗くて良く見えない。

ただ、ドレスの色だけが、部屋の中から漏れる光で辛うじて解る。

彼女は僕から少し離れた場所で、手すりに手を掛けた。

 暫く、パーティー会場とは隔離されたような沈黙が降りる。

暗い中、先に声を掛けたのは僕だった。

「寒くないですか?」

白い息を吐きながらそう訊ねると、彼女も白い息を吐きながら答える。

「寒いですけど、中よりは落ち着きます。」

「そうですか、僕も賑やかなのは苦手です。」

僕がそう言うと、彼女は扇子を口元に持っていって、

「そうなのですか?貴方を探している様子のご婦人方が何人かいらしたけれど。」

と言う。

それに対して僕は思わず言ってしまった。

「え~、あ~、なんて言うか、好きで探されている訳じゃないんですが。」

思わず素に戻った僕の発言に、彼女はクスクスと笑う。

「そうですね、見ていた感じ、嫌そうでした。」

「え?」

この人、僕の事見てたの?

そう思ったのを察したのか、彼女は僕にこう言う。

「ずっと前から貴方の事を見ていた…と言うか、観察してましたよ。

余り話しかけられるのがお好きでない様なので、ずっと話しかけていなかったのですが。」

「…そうだったんですか…」

「今日話しかけたのは、もしかして迷惑でしたか?」

「いやいや、そんな事無いです。」

少し不安そうな彼女の声に、僕は即座に否定する。

それから、また暫く沈黙が流れた。

ふと空を見上げると、空からなにかふわふわした物が降ってくる。

「あ…雪だ。」

雪が降るなんて、道理で寒い訳だ。

雪が降っている中、外でぢっとしていたら風邪を引いてしまう。

僕は彼女に声を掛ける。

「中に入りませんか?

流石に、寒い気がします。」

「そうですね、雪も降ってきましたし。」

中に入ろうとテラスの硝子戸に手を掛け、はっとする。

そうだ、中に入る前に聞いておこう。

「すいません、あの、宜しければお名前を。」

彼女はその問いかけに驚いたのか、一瞬置いてから答える。

「メリーアンと申します。貴方は?」

「僕の名前はデュークです。

メリーアン、風邪を引く前に中に入りましょう。」

そう言って僕は、硝子戸を開けた。

 

中に入ると先程とは少し雰囲気が違っていた。

殆どの人の視線が、一点に集中しているのだ。

何事かと思い、皆さんの視線の先を辿っていくと、其処には母上の友人で、 今回のパーティーの主催である婦人が居た。

高く結い上げた金髪に東洋風の船の模型と連なったパールをあしらい、 着ているのは前に合わせのあるタイトなドレス。

ウエストにはとても幅が広くて固そうなリボンを付けている。

首から下はジャポンからの輸入品の包み紙によく使われている、 『ウキヨエ』に出てきそうな服装だが、どうにも髪型と不釣り合いな気がする。

何はともあれ、それが個人的に衝撃的な映像だったので、思わずもう一回テラスに出てしまった。

 

パーティーが終わり、家に帰ってくると僕は真っ先に暖炉の前に陣取った。

結局自分に雪が積もるくらいテラスに出ていたので、体の芯まで冷え切ってしまったのだ。

「まったくもー、なにやってんの貴方は。」

暖炉の前でがたがた震える僕を、母上が呆れた様に見つめる。

「いやだって母上、アレはちょっと衝撃的な映像ですよ。」

「アレって、あのジャポン風のドレスの事?」

「そうです、アレアレ。」

「え~、あのドレス素敵だったじゃない。

『キモノ』って言うんでしょ?

アーちゃんも欲しいな。」

「キモノは素敵でしたけど、合わせる髪型をもう少し考えて欲しかったです。」

「キモノとのコーディネートを考えて、 頭に乗せる船を『タカラブネ』って言う縁起物の船にしたらしいわよ。」

「そうじゃなくて、あの格好で頭に船を乗せるのがどうかと…」

母上との会話に微妙な感性のずれを感じる。

とりあえず体が暖まったら今日はもうお茶飲んで寝よう。なんだか疲れた気がする。

 

自室に戻り、ベッドに入って運ばれてきたお茶を飲みながら、今日の事を何とも無しに思い返す。

寒い思いはしたけど、今日はそんなに悪くなかったな。

いつもパーティーの事で思い返されるのは、どの料理が美味しかったとか、 誰に話しかけられて困ったとか、そんな感じなのだけど、今日は違う感じ。

料理とかの印象が意外と薄くて、そう、 思い返されるのはメリーアンと名乗ったあの女性の事ばかり。

段飾りにひしめき合っていたビスクドールとか、キモノにタカラブネとか、 他にインパクトの強い物を見た割には印象の深さは負けていない。

静かな感じの人だったのに何でこんなに印象に残ってるんだろう。

それが不思議でならない。

暗いテラスで交わし合った少しの言葉を思い返すと、何だが不思議な感じがする。

なんて言えばいいのかは解らないけれど、初めての感覚。

「また会えるかなぁ…」

彼女に会えるんだったら、パーティーに行っても良いかな。

もう少しちゃんと顔も見ておくべきだったな。

折角だから中に入った時、 タカラブネのインパクトに負けずに一曲一緒に踊る位すれば良かったかな。

そんな事がずっと頭の中で回ってなかなか眠れない。

結局一度ベッドから出て、窓辺で暫く夜空を眺めていた。

 

今日の花は「桃」

花言葉は「あなたに心を奪われた」

その花言葉通り、僕はメリーアンに心を奪われたのかも知れない。

 

†next?†