冬、もう陽も落ちて暗くなった街。
通りを行き交う人達とネオンに紛れて、一人の少女がバイオリンケースを持って歩いていた。
「お腹も空いたし、早く帰って晩ご飯食べよう……」
そう呟いて、彼女は足早に街を通り抜けて行く。
彼女の名前は泉岳寺ステラ。
この日は毎年通っている石の即売会、鉱物ショーに行った帰りだった。
「ただいまー」
ステラが家に帰り、自分の部屋に戻るなり、彼女は持っていたバイオリンケースを開く。
すると、中に入っているのはバイオリンなどでは無かった。
それは、夥しい数の青い石。
この石達は、ステラが集めた石のコレクションの一部。
ステラは夕食を食べることも忘れて石に見入る。
「今年は結構良いのが買えたな~。
サファイアの原石も良いのが有ったし」
そう言って取り出したのは細長い八面体の青い石、サファイアの原石だ。
ふと、ステラの目の端に、何か動いている物が映った。
それはバイオリンケースの中に見えた気がするので、ステラはバイオリンケースに視線を戻す。
そして、見てしまった。
「初めましてご主人様。
これから宜しくケコ」
そう言ってステラの方を見ているのは、背中にびっしりと青い石を敷き詰めた、メタリックなカエル。
思わず、バイオリンケースの蓋を閉める。
すると中から抗議の声が。
「ご主人様~、何で閉めるケコか?」
これは幻聴でも幻覚でもない。
そう思ったステラはそろりそろりと再びバイオリンケースの蓋を開ける。
すると、其処にはやっぱり青い石に紛れて、青いカエルが鎮座している。
見つめ合う事暫く。先に口を開いたのはステラだった。
「ご主人様って私の事?
あんた一体何者なのよ」
その言葉に、青いカエルはしれっとした顔で応える。
「あたしは宝石ガエル。
何時もご飯くれるからご主人様ケコよ」
「私が何時あんたにご飯をあげたよ?」
「さざれの石とか落ちてるのをペロリしてるケコよ」
まさかその程度で餌付けされてしまうとは。
ステラは額に手を当てる。
その様子をみたカエルが、心配そうにステラに言う。
「ご主人様、何処か具合が悪いケコか?」
「いや、そう言う訳じゃないから。
って言うか、私があんたのご主人様って事は、私はあんたにご飯を与えなきゃいけないって事なのね?」
「そう言う事ケコよ。
あ、でも、タダ飯喰らいとか思わないで欲しいケコよ。
ご主人様が石を買う時にアドバイスしてあげる」
期待の混じった眼差しで見つめられ、ステラは溜息をつく。
正直な所、自分が石マニアだという自覚は有るのだが、鑑定眼にはいまいち自信がない。
だから、これだけ宝石を背中に敷き詰めているカエルだ。
きっと石を買う時のアドバイスは的確な物になるだろう。
そして、ステラは決心する。
このカエルのご主人様になろうと。
「OK、わかった。あんたのご主人様になるよ。
でさ、名前がないとあんたの事を呼ぶ時困るから、名前を付けようと思うんだけど」
ステラの言葉に、カエルは飛び跳ねて喜ぶ。
「お名前?
あたしお名前付けて貰うの初めてケコよ。
どんなお名前?」
ステラはじっとカエルの背中を見つめる。
そして、一回頷くとカエルにこう言った。
「あんたの背中についてる石、サファイアが多いから、あんたの名前『サフォー』で良い?」
そう言われて益々喜ぶカエル、サフォー。
「ステキ!
あたしは今日からサフォーケコよ」
ここまで喜ばれると、名前を付けたステラとしても悪い気はしない。
こうしてステラとサフォーの生活がはじまったのだった。
ステラはまだ高校二年生。なので当然学校に通っている。
サフォーのご主人様になると決めた次の日、学校に行こうとしたらサフォーがこんな事を言いだした。
「あたしも学校行きたいケコ!」
そんなサフォーにステラが言う。
「行きたいって言ってもさ、こんな冬まっただ中なのに、カエルのあんたが一緒に着いて来て、通学中大丈夫?」
「大丈夫ケコよ。
宝石ガエルは外気の感覚を切る事が出来るのね?
それであたし達は冬でもアクティヴ」
そんな物なのだろうか。
少々心配な気はするが、早く学校に向かわないと遅刻してしまう。
ステラは頭にサフォーを乗せたまま、自転車に跨った。
学校に着いて。
明らかにおかしい物を頭に乗せているのに、誰も何も言ってこない。
どう言う事だろう。
ステラがそう不思議に思っていると、女子生徒が声を掛けてきた。
「おはよーステラ」
「あ、おはよう匠」
匠というのはステラのクラスメイトで友人。
その匠がふと、視線を上にずらしてステラに言った。
「所でさぁ、その頭に着いてるカエル何?
新作のジュエリーか何か?」
なんだ、やっぱり不思議な物何じゃないか。
そう改めて確認したステラは、匠に簡単な説明をする。
「なんか宝石ガエルとか言うカエルらしいよ。
名前はサフォー。
色々あって私がご主人様って事になってる」
それを聞いた匠はいたく驚い顔をしてステラに言う。
「宝石ガエルって事はスピリチュアルな存在じゃない!
あちゃー、また区別つかないで訊いちゃった」
「え、そうなの?」
実は、匠もステラも霊媒体質で、良く本来なら見えないはずの物が見えてしまう事が多々ある。
しかし、サフォーがスピリチュアルな存在なのなら、 家を出る前に言っていた『外気の感覚を切る事が出来る』と言う下りも納得できる。
そもそも、よく考えたらリアルのカエルがメタリックだったり、背中に石を敷き詰めていたりとかする筈がない。
「ご主人様気づいて無かったの?ケコォ~」
呆れた様に言うサフォー。
「すいませんね、私は其処まで頭が回る子じゃないんで」
少し拗ねた様に言ってから、ステラは匠と一緒に教室に向かった。