第二章 アイオライト

 サフォーのご主人様になったことを受けて、ステラは学校の帰りにとある店に寄った。

其処は『日本アイボリーセンター』と言う石の問屋。

 ステラの住む国、 大日本帝國では近年ビーズアクセサリーが流行中で、それを受けて天然石のビーズなども脚光を浴びている。

日本アイボリーセンターは、ビーズアクセサリーが流行る何十年も前から天然石のビーズと象牙を扱っている古参の店。

とりわけ淡水パールが安いのと、さざれの石の種類が多いので、 ステラは良くバイトが始まる前に此処に足を運ぶことが多い。

今回此処に足を運んだのは、サフォーのご飯にする為のさざれを買う為だ。

 早速店内の窓際に下げられているさざれを物色するステラ。

「……どれが良いかね……」

 難しい顔でさざれを眺めるステラに、サフォーがウキウキした声で言う。

「ご主人様、アイオライト何てどう?

あたし青い石が大好きケコよ」

 それを聞いたステラが渋い顔をする。

「アイオライト?

それ、さざれでも千円以上するんだけど」

「でも、思い当たって青い石のさざれって、アイオライト位しか無いケコよ?」

「まぁ、そうだけどさ。

しょうがない、アイオライトにするか」

 サフォーの言葉に渋々アイオライトのさざれを手にするステラ。

それをレジに持っていって会計をする。

「すいません、これお願いします」

「有り難うございます。千二百円ですね」

 正直、日々貯蓄に気を使っているステラとしては、この出費は痛手だ。

けれども、袋に入れられたアイオライトを見て喜び踊っているサフォーを見て、まぁ、 これも仕方がないかなと自分を納得させた。

 

 そして足早に向かうバイト先。

ステラがバイトしているのは駅ビルに入っているパワーストーンのお店。

その店では既に出来上がっているアクセサリーの他にも、石のビーズを一珠ずつ客に選んで貰い、 ブレスレットにして売っている。

 正直な所、この店で扱っている石は良い物は多いけれど割高だと、ステラは思っている。

浅草橋などに行けば一連で約四十玉千円前後物のが、平気で一珠四十円から六十円する。

レアで品質の良い物、しかも一連などと膨大な数は要らないと言う物だったら、一珠売りの方が手軽では有るのだろうが。

「……やっぱタンザナイト八ミリ玉七千円超えってのはちょっと高い気がするんだよなぁ……」

 店での日課、暇な時の石磨きをしながら。ステラがぽつりと呟く。

 そんな中、ふと気が付くとサフォーの姿が見えない。

何処に行ったのだろう。

思わず手に持っていた石を台に敷かれたタオルの上に置いて、周りを見渡す。

すると、サフォーは階段状に置かれた石の丸玉が入ったケースの上をぬめりぬめりと移動していた。

これはもしかして。ステラがそう思った瞬間、サフォーがあんぐりと口を開けて石に向けた。

「待てコラ」

「ケゴッ!ご主人様何するケコ!」

 じたばたするサフォーを背中から鷲掴みにし、石の棚から持ち上げてステラが言う。

「店の売り物食べんじゃないよ」

 ギリギリとサフォーの背中を握りしめると、手の中から悲しそうな声が聞こえてきた。

「だって、お腹すいたケコよ。

お腹がすくと悲しいケコよ?」

「それは解るけど、無尽蔵に喰われたら棚卸しの時に苦労すんのは私なんだかんな?」

「ケコォ~……」

 ステラに小声で恫喝されたサフォーは、手足を引っ込めて店の物は食べないという意思表示をする。

それでもステラは安心出来なかったので、その日のバイトが終わるまで、サフォーを頭の上から動かさなかったのだった。

 

 そして無事にその日のバイトも終わり、ステラが夕食を食べ終わった後に、ようやくサフォーもご飯にありつけた。

本日のご飯はバイト前に買ってきたアイオライトだ。

「で、どんくらい食べる?」

「全部!」

 欲張った発言の後にご主人様チョップを入れられるサフォー。

一連千二百円だから、一日辺りのご飯は何センチ分とステラが決め、サフォーは大人しくそれに従う。

 ビーズ用のトレイの上に載せられたアイオライトをちびちびと、 なめりなめりと嘗めるサフォーを見てステラは意外そうな顔をする。

「なんか食いしん坊っぽいから一気に食べるかと思ったけど、そうでも無いんだ」

 バイト先での一件を思い出しながらそう言うと、サフォーは拗ねた口調で答える。

「だって、お店の石食べちゃ駄目なんでしょ?

毎日のご飯はこれだけなんでしょ?

一度に食べたらひもじくなるだけケコ……」

 だんだん涙声になっている気がするその言葉に、流石にステラもケチり過ぎたかと一瞬思うが、 そもそもステラ自体がそんなに裕福な訳では無いので、先ほどサフォーに言い聞かせたように一日のご飯はこれが限界だ。

 気まずそうなステラの様子に気づいたのか、サフォーがはっとして言う。

「で、でも、前は落ちてるのをちょっとしか食べられなかったから、これでもご馳走ケコよ!

ご主人様ありがとうケコ!」

 食い意地は張っているけれど、ちゃんと気遣いも出来るサフォーの姿を見て、ステラは思わず笑みを零す。

そしてそのまま、暫くサフォーがアイオライトを嘗める様を眺めていたのだった。

 

†next?†