第一章 サファイア

 冬、もう陽も落ちて暗くなった街。

通りを行き交う人達とネオンに紛れて、一人の少女がバイオリンケースを持って歩いていた。

「お腹も空いたし、早く帰って晩ご飯食べよう……」

 そう呟いて、彼女は足早に街を通り抜けて行く。

彼女の名前は泉岳寺ステラ。

この日は毎年通っている石の即売会、鉱物ショーに行った帰りだった。

 

「ただいまー」

 ステラが家に帰り、自分の部屋に戻るなり、彼女は持っていたバイオリンケースを開く。

すると、中に入っているのはバイオリンなどでは無かった。

それは、夥しい数の青い石。

この石達は、ステラが集めた石のコレクションの一部。

ステラは夕食を食べることも忘れて石に見入る。

「今年は結構良いのが買えたな~。

サファイアの原石も良いのが有ったし」

 そう言って取り出したのは細長い八面体の青い石、サファイアの原石だ。

 ふと、ステラの目の端に、何か動いている物が映った。

それはバイオリンケースの中に見えた気がするので、ステラはバイオリンケースに視線を戻す。

そして、見てしまった。

「初めましてご主人様。

これから宜しくケコ」

 そう言ってステラの方を見ているのは、背中にびっしりと青い石を敷き詰めた、メタリックなカエル。

思わず、バイオリンケースの蓋を閉める。

すると中から抗議の声が。

「ご主人様~、何で閉めるケコか?」

 これは幻聴でも幻覚でもない。

そう思ったステラはそろりそろりと再びバイオリンケースの蓋を開ける。

すると、其処にはやっぱり青い石に紛れて、青いカエルが鎮座している。

 見つめ合う事暫く。先に口を開いたのはステラだった。

「ご主人様って私の事?

あんた一体何者なのよ」

 その言葉に、青いカエルはしれっとした顔で応える。

「あたしは宝石ガエル。

何時もご飯くれるからご主人様ケコよ」

「私が何時あんたにご飯をあげたよ?」

「さざれの石とか落ちてるのをペロリしてるケコよ」

 まさかその程度で餌付けされてしまうとは。

ステラは額に手を当てる。

その様子をみたカエルが、心配そうにステラに言う。

「ご主人様、何処か具合が悪いケコか?」

「いや、そう言う訳じゃないから。

って言うか、私があんたのご主人様って事は、私はあんたにご飯を与えなきゃいけないって事なのね?」

「そう言う事ケコよ。

あ、でも、タダ飯喰らいとか思わないで欲しいケコよ。

ご主人様が石を買う時にアドバイスしてあげる」

 期待の混じった眼差しで見つめられ、ステラは溜息をつく。

正直な所、自分が石マニアだという自覚は有るのだが、鑑定眼にはいまいち自信がない。

だから、これだけ宝石を背中に敷き詰めているカエルだ。

きっと石を買う時のアドバイスは的確な物になるだろう。

そして、ステラは決心する。

このカエルのご主人様になろうと。

「OK、わかった。あんたのご主人様になるよ。

でさ、名前がないとあんたの事を呼ぶ時困るから、名前を付けようと思うんだけど」

 ステラの言葉に、カエルは飛び跳ねて喜ぶ。

「お名前?

あたしお名前付けて貰うの初めてケコよ。

どんなお名前?」

 ステラはじっとカエルの背中を見つめる。

そして、一回頷くとカエルにこう言った。

「あんたの背中についてる石、サファイアが多いから、あんたの名前『サフォー』で良い?」

 そう言われて益々喜ぶカエル、サフォー。

「ステキ!

あたしは今日からサフォーケコよ」

 ここまで喜ばれると、名前を付けたステラとしても悪い気はしない。

こうしてステラとサフォーの生活がはじまったのだった。

 

 ステラはまだ高校二年生。なので当然学校に通っている。

サフォーのご主人様になると決めた次の日、学校に行こうとしたらサフォーがこんな事を言いだした。

「あたしも学校行きたいケコ!」

 そんなサフォーにステラが言う。

「行きたいって言ってもさ、こんな冬まっただ中なのに、カエルのあんたが一緒に着いて来て、通学中大丈夫?」

「大丈夫ケコよ。

宝石ガエルは外気の感覚を切る事が出来るのね?

それであたし達は冬でもアクティヴ」

 そんな物なのだろうか。

少々心配な気はするが、早く学校に向かわないと遅刻してしまう。

ステラは頭にサフォーを乗せたまま、自転車に跨った。

 

 学校に着いて。

明らかにおかしい物を頭に乗せているのに、誰も何も言ってこない。

どう言う事だろう。

ステラがそう不思議に思っていると、女子生徒が声を掛けてきた。

「おはよーステラ」

「あ、おはよう匠」

匠というのはステラのクラスメイトで友人。

その匠がふと、視線を上にずらしてステラに言った。

「所でさぁ、その頭に着いてるカエル何?

新作のジュエリーか何か?」

 なんだ、やっぱり不思議な物何じゃないか。

そう改めて確認したステラは、匠に簡単な説明をする。

「なんか宝石ガエルとか言うカエルらしいよ。

名前はサフォー。

色々あって私がご主人様って事になってる」

 それを聞いた匠はいたく驚い顔をしてステラに言う。

「宝石ガエルって事はスピリチュアルな存在じゃない!

あちゃー、また区別つかないで訊いちゃった」

「え、そうなの?」

 実は、匠もステラも霊媒体質で、良く本来なら見えないはずの物が見えてしまう事が多々ある。

しかし、サフォーがスピリチュアルな存在なのなら、 家を出る前に言っていた『外気の感覚を切る事が出来る』と言う下りも納得できる。

そもそも、よく考えたらリアルのカエルがメタリックだったり、背中に石を敷き詰めていたりとかする筈がない。

「ご主人様気づいて無かったの?ケコォ~」

 呆れた様に言うサフォー。

「すいませんね、私は其処まで頭が回る子じゃないんで」

 少し拗ねた様に言ってから、ステラは匠と一緒に教室に向かった。

 

†next?†