第七章 レオパードスキン

「いらっしゃいませ~」

 いつも通りのバイト中、いつもの通りに客が来る。

大体の客はパワーストーンの御利益を求めてやってくるのだが、偶にそうで無い客も来る。

『タンブル』と呼ばれる、石を丸っこく磨いただけの物を、一個一個しげしげと眺める客が一人。

その客は特にフローライトがお気に入りの様で、いつもフローライトのタンブルを眺めては去って行く。

その客が、今日も来た。

「フローライトいかがですか?

なかなか綺麗なのが揃ってますよ」

 ステラが笑みを浮かべてそう声を掛けると、客は難しい顔をしてタンブルの入ったケースを棚に置く。

「綺麗なのは良いんだけど、こういうのが凄くいっぱい家にあるんだよね。

欲しいけど、余り集めすぎてもなぁ」

 その言葉に、ステラはこう返す。

「でも、石は一個一個表情が違いますし、沢山欲しくなっちゃいますよね」

 あごに手を当ててステラがそう言うと、客がステラの方を向いて訊ねてきた。

「お姉さんも結構集めてるの?」

「そうですね、結構な数集めてますねぇ」

「へぇ、どんな石?」

 少し挑戦的なまなざしで問いかけてくる客に、ステラは色々と思い出しながら答える。

「そうですね、青系の石が好きなんですけど、何故か一時期レオパードスキンにハマっちゃった時期があるんですよ。

初めて見た時は『なんだこの気持ち悪い石は』って思ったんですけど、 見慣れると中毒性が高くて石屋を何軒もハシゴしました」

 その答えに、客は眼鏡をくっと上げて笑みを浮かべる。

「お姉さん、やるねぇ」

 ステラもにやりと笑みを浮かべる。

この瞬間、石マニア同士の何かが繋がった。

しかし結局、この日もこの客は買い物をしていかなかった。

だがステラはそれで良いと思った。

正直な所、スピリチュアルばかりを求められる事にいささか疲れていたのだ。

あの様な石そのものを見てくれるマニアの存在は、ステラにとってありがたい物だった。

 

 休憩時間になり、 予定よりも少し遅れてやってきた店員に店を任せて、ステラは関係者用の休憩室で持参の暖かいコーヒーを飲んでいる。

当然、店に残ると言い張るサフォーとルーベンスを強引に両肩に乗せて引っ込んできた。

今、サフォーは大人しく頭の上にのっているのだが、 ルーベンスが少し前にお散歩してくると言ってどこかに行ってしまった。

店内には入っていない様なので、バックヤードの中でうろうろしているはずだ。

 休憩時間が終わるまであと三十分ほど有る。

それまでにルーベンスが帰ってくれば良いかとのんびり構えていたステラだが、突如騒がしい叫び声が聞こえてきた。

一体何事かと思い声の方を向くと、そこには必死の形相で跳ねてくるルーベンスの姿が。

「ご主人様大変ゲゴ!

屋上に警察が集まゲブラッ」

 余りに慌てている為か、噎せているルーベンスの言葉を聞いて、ステラは慌てる。

「え?なんか強盗とかなんとかの立てこもり的な?」

「よくわかんないんだけど、警察が居るケコよ!

だからご主人様、気をつけるケコよ!」

 目を潤ませて心配するルーベンスの背中を鷲掴みにし、肩に乗せる。

それを見たサフォーが頭の上からステラの顔を覗き込んで訊ねてくる。

「ご主人様、屋上行くの?」

「よく解んないけど、警察が集まってるって事は何かしらの事件でしょ。

行くよ!変身、ダイヤキング!」

 バックヤードに誰も居ないのを良い事に、ステラはざっくりと変身して階段を駆け上っていく。

「ケケケケケコココココ……

ご主人様、どういうことケコか?」

「サフォー、ルーベンスに説明しておいて!」

 突然の事に動揺するルーベンスに、サフォーが大まかな説明をする。その間にも、ステラは屋上へと辿り着いていた。

一応既に解決済みであるという可能性も考えて、そっと物陰から様子を見ると、 警察官が大声で屋上の縁に向かって叫んでいた。

「早まるのはやめなさい!

ここで死んだって何にもなりませんよ!」

「あんた達に何が解るって言うの!

もう死ぬしか無いのよ!」

 どうやら飛び降り自殺を食い止めようとしているところのようだ。

「あ~、これは苦手なケースだわ~……」

「ご主人様みたいな大人気魔法少女が止めれば考えを改めるんじゃ無いケコか?」

「私はた……スペードペイジ程人気ないんよ。

そもそも魔法少女に夢中になってるのなんて大体お子様だしね。

大人には魔法少女ブランド通じないのよ」

「んんう~……」

 ステラの言葉にサフォーがふくれっ面をしていると、今度はルーベンスがこんな事を言う。

「じゃあ、真っ当に話術で攻めれば良いケコよ。

ご主人様ショップ店員やってるんだから話術は得意でしょ?」

「いやぁ……人の弱点を突いてそそのかす系はそれなりに出来るけど、自殺を食い止めるとか、 相手の心情を察しないといけない系はてんで駄目で……」

「じゃあどうするケコ?

警察に任せっきりで良いの?」

「正直言って、それが一番効果的」

 既に表に出る気を無くしてしまっているステラに、ルーベンスはふくれっ面をして手をぺたぺたと当てる。

「いくら魔法少女でも、出来ない事は出来ませーん」

 ステラがそう呟いたその時、悲鳴が聞こえた。

思わず顔を上げるステラ。

視線の先には、先ほどまで屋上の縁に居た女性が姿を消しているのが見えた。

足を滑らせたのか。そう思ったステラは咄嗟に駆けだした。

「あっ、ダイヤキングさん?」

 突然の事に驚く警察官をよそに、ステラは走りながら帽子をまさぐり、レオパードスキンの小さな欠片を取り出す。

そしてそれを、口の中に放り込み、飲み込んだ。

「いやっ!助けて!」

 先ほどまで自殺するとわめいていた女性が、ビルの縁に掴まり助けを乞う。

ステラは何も言わず、女性の両腕を掴み、勢いよく引っ張り上げ、そのまま屋上の上に放り投げた。

「あ~、やっぱレオパードスキンは馬力上がるわぁ……」

 そう呟いて、肩を回しながら警察に囲まれている女性に近づき、声を掛ける。

「だいじ?」

「あ……あ……ダイヤキングさん……

有り難うございますぅ……」

 涙目で鼻をすする女性が礼を言うと、警察官達も口々に感謝の言葉を掛けてくる。

「いやいやまあまあ、助かって良かったわ」

 満足そうに頷いた後、右手の人差し指と親指で円を作り、左頬に寄せてステラが女性に言った。

「で、迷惑料払えよな?」

 

 自殺未遂事件も解決し、何とかギリギリ勤務再開時間に間に合ったステラ。

その日のノルマも何とかこなし、無事仕事を終える。

帰りのバスの中で、先ほどの女性から受け取った臨時収入のことを思い出してニヤニヤしていると、 サフォーとルーベンスが膝の上にのってふくれっ面をし始めた。

「何、どした?」

「ご主人様、あそこはお金を取る所じゃ無いケコ」

「正義の味方は正義の味方らしく、ビシッと去るのがカッコイイと思うケコよ」

 どうやら何となく正義の味方らしからぬ行動をしたのが不満な様子。

それに対してステラはこうだ。

「悪人退治に関しては無償でやるように言われてるけど、ああいう死ぬ気のない自殺未遂はサポート外なの。

魔法少女も無料サービスばっかやってる訳じゃ無いんだよ」

 その答えにサフォーもルーベンスもやや不服そうなので、 ただ働きばかりやらされるのは理不尽だろうとステラが言い聞かせる。

その表現だと何となく納得できたようで、サフォーもルーベンスもなるほどという顔になる。

「取りあえず、魔法使う時に使う石を、また仕入れに行かなきゃね」

 ステラはカエル二匹を膝に乗せたまま、財布を叩いた。

 

†next?†