第八章 ホークアイ

 ある日の昼休みの事、ステラと匠が一緒にお弁当を食べていると、匠がこんな事を言い始めた。

「ねぇステラ、パワーストーンについて訊きたいんだけど、いい?」

「え?良いけど意味に関してはざっくりとしかわからんよ」

「店員なのに?」

「店員だけど」

 バイトを初めてもうだいぶ経っているにも関わらず、石の意味はほとんどわからないと言う断りを入れてから、 ステラは匠の話を聞く。

なんでも、悠希のお守りとして石を渡したいらしいのだが、どんな物が良いのかわからないという。

「悠希さんに?

石の事なら悠希さんの方がずっと詳しいと思うけど?」

「お兄ちゃん、宝石畑だから石の意味とか全然わかんないの。

なんかいつも見当違いの事になっちゃったりしてへこんだりするみたいだから、 その辺の事を何とか出来そうなお守り無いかなって」

「なるほど。

それだと、対処療法的に癒やし系を渡すか、根本治療として先見の才系を渡すか、どっちかだね。

どっちが良い?」

 ステラの言葉に匠は悩む。

パワーストーンの御利益を求めて訊いている訳なのだが、 それでもパワーストーンに絶対的な力がある訳では無いのは解っている。

癒やし系なら、見当違いの事以外でへこんだ時にも支えになってくれる気はするが、 そもそもへこまない様にする方が良いのか。

どちらのプラシーボを選ぶか悩んだ。

 そして、匠はこう言った。

「なんか実物見て選んだ方が良いかも。

今度ステラのバイト先に買い物行って良い?」

「お客さんは大歓迎だよ。

でも出来れば私が居る時にしてね。

ノルマの足しにしたい」

「まぁ、私としてもステラに相談出来た方が安心出来るから、そうするけど」

 そんな話をしていると、サフォーがステラのお弁当箱の横に来て、プクーッとふくれる。

「んも~、ご主人様ってばまた守銭奴発言して。

そんなだから魔法少女の中でも人気がダントツに低いんでしょ?」

「ごめんなさいね~、お金大好きなの」

 続いて、ルーベンスが肩の上から頭をぺたぺたと叩きながら言う。

「そうケコよ。

大体ノルマの為にお友達を使うとか、保険の営業じゃ無いんだから」

「なんでルーベンスは生保レディの実情知ってんの?」

 ステラと二匹のやりとりを聞いて、匠は苦笑いをする。

「まぁまぁ、今回は利害が一致してる訳だし良いじゃ無い」

 カエルが横やりを入れては来たが、ステラと匠はお互いのバイトのシフトを確認し、何時石を選ぶかの調整を始めた。

 

 そして数日後。

放課後にいつも通りアイボリーセンターを覗き、バイト先へと向かうステラ。

先日の昼休みの時に守銭奴守銭奴とうるさかったカエル二匹は、ご主人様に新しいごはんを買って貰えて上機嫌だ。

 両肩に乗って浮かれている二匹にステラが言う。

「今日は匠が来るけど、大人しくしてんだよ」

「わかったケコ」

「大人しくするケコよ」

 電車に揺られ、バイト先に付くなり、匠は店員用エプロンを着けて仕事を始める。

「それじゃあ泉岳寺さん、お先に失礼」

「お疲れ様です」

 前の時間に入っていた店員も帰り、店内にはステラ一人。

客も居ないので、いつもの様に石を磨き始める。

慣れた手つきで磨いているステラを見て、サフォーが鼻歌を歌っている。

「なに、そんなに今日買ったごはんが楽しみ?」

「楽しみだけど、こうやって石を磨くのは良い事ケコよ」

「まぁ、商品だからね」

「んんう~、そうじゃないの。

こうやって大事に大事にされた石はとってもおいしくなるケコよ」

「職場の商品を食べるの前提で話すんのやめてくんない?」

 そんな話をしていると、店の中に客がやってきたようだ。

「いらっしゃいませ」

 そう言って振り向くと、そこには匠が居た。

「あ~、いらっしゃい。取りあえず中見てよ」

「うん。そうする」

 ステラに軽く返事をした匠は、棚に並んでいる石をざっと見て、訊ねた。

「でさ、前に行ってた石なんだけど、どれがそうなの?」

「ちょっと待って、今意味の書いてある表持ってくる」

 磨いていた石を元の場所に戻し、ステラは店のカウンターへと向かう。

カウンターに置いてある紙を一枚手にして、それをじっくりと眺めてから匠に石を見せた。

「癒やし系はこのラブラドライトって言う青く光る石で、先見の才系はこっちのホークアイだね」

「う~ん、どっちも綺麗だなぁ……悩む……」

 ケースに入った石の珠を見ながら、匠が難しい顔をする。

暫く悩んだ後、はっとした様子で匠がサフォーに訊ねた。

「ねぇ、どっちがお兄ちゃんに合ってると思う?」

 その問いに、サフォーはスチャッとカウンターの上でポーズを取って答える。

「ラブラドライトは清涼でありながらぴりっとしたスパイスィーな感じで、 ホークアイはスモーキーでコクのある感じケコ」

「答えになってねぇ」

 全く見当外れな事を言うサフォーの背中を鷲掴みにし、ステラは肩の上へと乗せる。

サフォーの言葉を聞いてやや混乱気味になっている匠に、ステラがやれやれといった様子でアドバイスをした。

「この珠を使ってブレスレットとかストラップとか作るんだったら、両方組み合わせても作れるよ」

 ステラの言葉に、匠が不思議そうに顔を上げ、聞き返す。

「違う石を組み合わせてもパワーストーンの効果って無くならないの?」

「相乗効果って言う言葉があるでしょ。

まぁ、偶にちゃんと石の意味考えて組み合わせろって店長に怒られるけど」

「なるほど、組み合わせても良いのか。

どうしよう、どっちをメインにしようかな」

「あ、作るのは決定事項なんだ」

 なんだかんだと話をしつつ、結局ホークアイをメインに、 ラブラドライトをポイントとして入れたブレスレットを作る事になった。

ステラはてっきりストラップを作るつもりなのだと思っていたので少し驚く。

何故なら、本人が居ないのにどうやってサイズの確認をするのかと言う問題があるからだ。

それを匠に訊ねると、こう返ってきた。

「私の手首と比べてどれくらいゆとりが有ればお兄ちゃんの手首にぴったりになるか、ちゃんと解ってるから大丈夫!」

「へぇ、解ってんだ」

 さりげなく出てきたものすごいブラコン発言に、ステラは思わず悠希の身を案じたのだった。

 

 そして始まる珠選び。

まずはメインに使用するホークアイから選ぼうと、ホークアイの珠をタオルの上に広げて匠に見せる。

「どれ使う?」

「うぎぎ……

こう見せられてもどれが良いのか……

ねぇ、どれが良いやつだと思う?」

「いや、私に訊かれてもこの水準で揃えられると比較できん」

 肩の上から一生懸命舌を伸ばすサフォーを手で押さえつけながら頭を悩ませていると、 反対側の肩の上でルーベンスがこれは名案とばかりに声を上げる。

「悠希様の事を考えながら選ぶと良いと思うケコ。

味……じゃなくて、品質よりも気持ちが大事だと思うケコ」

「なるほど、それもそうだね。

ルーベンスも乙女らしい事言うね」

「ご主人様が人道的にちょっとおかしいだけケコよ?」

 ルーベンスとステラのやりとりを聞いて納得したのか、匠は再びホークアイと向き合い、 一個一個丁寧に、時間を掛けて選び出す。

そして十数分経った頃に、ようやくホークアイの選別が終わった。

「いや~、なかなか大変な仕事なのね」

「うん、正直石選ぶのにここまで時間掛けたお客さんは匠が初めてだわ」

 選り分けたホークアイだけ残し、ケースへと珠を戻すステラ。

そしておもむろにもう一種類石を沢山取り出した。

「さぁ、次はラブラドだよ」

「うわぁ……

そう言えばこれもあるんだよね……

でも、お兄ちゃんの為だもん、頑張る!」

「うんうん。

ついでに私のノルマの為にも頑張って」

 そうこうしている事暫く、無事に悠希用のブレスレットが完成したのだった。

 

†next?†