第十九章 トルマリン

 睡の言葉に、ステラはただ固まるしか無かった。自分が赤い顔をしているのか、青い顔をしているのかも解らない。

決して嫌悪感がある訳では無いのだが、どう返せば良いのか全く解らないのだ。

「えっと……あの……」

 上手く言葉を選べないステラの様子を見て、睡は手を離し、悲しそうに笑ってこう言った。

「ごめんね。

やっぱり女の子同士なんて嫌だよね。

嫌だったら今の事は忘れてくれても良いし、もう連絡もとらなくて良いから……」

 だんだん泣きそうな声になっていく睡に、ステラは慌てて言葉を掛ける。

「そんな、嫌って訳じゃ無いし、睡の事を嫌いになんてなってないよ。

ただ、あの……なんてんだろ。

正直な事言うと、ビックリはしたよ?

でも、そもそもアレよ。そう言う意味での好きって気持ちをぶつけられたのが初めてだから、 自分の中でどう処理すれば良いのか解らないって言う感じ……かな?」

 その言葉に、睡は潤んだ瞳をステラに向ける。

しかし、睡の様子に気付いているのか居ないのか、ステラはどんどん言葉を重ねていく。

「あの、私、今は相手が男でも恋愛とかそう言うの全く頭に入らなくて、 ほんともうお金と石の事でいっぱいいっぱいなの。

だから、睡の気持ちを否定する訳じゃ無いんだけど、なんて言えば良いんだろ……」

 そこまで言ったところで、ステラの頬を両側からぺちんぺちんとはたく感触がした。

それから、サフォーがステラの口の辺りに張り付き強引に黙らせ、 ルーベンスがスチャッとテーブルの上に降りたって睡に言った。

「睡様ごめんね。

ご主人様なんか混乱してるから、落ち着くまでもうちょっと待って欲しいケコ」

「う、うん」

 ルーベンスの言葉に、睡も自分を落ち着かせようとオレンジジュースに口を付ける。

サフォーに張り付かれてもごもごしているステラを見ながら、睡は少しだけ安心した様子だ。

「なんかカエルさん達にも迷惑掛けちゃってごめんね。

でも、ステラに嫌われなくて良かった」

「ケコ?睡様、ご主人様の言う事信用しちゃうケコか?

セールストークかもしれないケコよ?」

 微妙にご主人様の事を信用していないルーベンスの言葉に、睡は笑みを浮かべてこう言う。

「だって、ステラはこういう時には嘘はつかないって知ってるもん」

「そうなの?」

「それに、嘘つくんだったらお金と石の事しか頭に無いなんていう、人聞きの悪い言い訳使わないでしょ?」

「ケコォ、言われてみればそうケコね」

 納得した様子のルーベンスを見ながら、睡はオレンジジュースを飲んでステラが落ち着くのを待つ。

ステラがフガフガしているのを眺めている事しばし、 ようやく落ち着いてきたのかステラが口元からサフォーを引っぺがしてこう言った。

「睡には悪いんだけど、今の私には恋人になるかならないかの判断は出来ない。

だから、もう暫く考えさせて。

これからも今までと同じように友だち付き合いしてるうちに、私も睡の事好きになるかもしれないし、 このまま友達のままかもしれない。

わからないけど、本当にすぐには答えられないの。

だから、その、ごめん。

ほんとごめん」

 柄にも無く、何度も謝るステラに、睡は申し訳なさそうに笑って答える。

「ううん、私の方こそ、いきなりこんな事言っちゃって……

すぐに答えが出せる事じゃないだろうし、私は気長に待つよ」

 ステラが必死に、真面目に考えた言葉を聞いてか、睡の顔から悲しみの表情は消えている。

ふと、なんとか気持ちを静めようと一生懸命アイスコーヒーを啜っていたステラが、ストローから口を離し、 睡を見据えてこう言った。

「でも、すぐに答えは返せないけど、気持ちは受け取るよ」

 いつもの様な俗物的な雰囲気は一切感じさせない真っ直ぐなその言葉に、睡は頬を染めた。

 

「店長ぉ~……」

 翌日、ステラは仕事が休みであるにも関わらず、職場へと赴いていた。

「どうしたんだいステラちゃん、買い物かい?」

 今日の店番は店長一人。それを良い事にステラは店長に相談を始めた。

詳細はぼかしているが、急に愛の告白をされてどうしたら良いのか解らない。そう言う内容だ。

「なるほどねぇ。

何?その相手と上手くいく様に願掛けしたいの?」

「それ以前の問題として、告白されたという事実に頭が追っつかなくて……」

「ありゃ~、ステラちゃんって案外そう言う話は苦手なんだ」

「恋愛なんてのは自分とは無関係な物だと思っていた物で」

 よほど頭を使っているのか、疲れた様子のステラを店長はカウンター席に座らせる。

それから、黒い石をタオルの上に並べてステラに見せた。

「あれ?

店長、なんでブラックトルマリンなんですか?」

「トルマリンってのは、現実を見据えて、心を落ち着かせる効果があるんだよ。

他の子だったら恋愛系の石を薦めるところだけど、ステラちゃんだったら現実の認識さえ出来れば、 あとは自分で判断して動けると思ってね」

「なるほど」

 ふと、店長が少しくすんだ、青い色の石を取り出す。

「青い石が好きだったよね?

インディゴブルーなんかも入れたら、お気に入りの物が出来るんじゃない?」

「えええ、確かに青い石は好きですけど、黒以外のトルマリンはお値段が……」

「じゃあ入れなくていい?」

「一珠入れます」

 こうして、ステラはインディゴブルーとブラックトルマリンの指輪をあつらえてもらったのだった。

 

 それから暫く、ステラは学校に行く時もその指輪を生徒手帳に挟んだりなどして持ち歩いていた。

 睡から告げられた想いに未だ動揺は消えないけれど、日を重ねる毎に落ち着きを取り戻していく。

受験生になりはしたが、いつも通りの日常。

そう、睡からの連絡の頻度も前と変わらず、それ故にステラは少し睡の事が心配になった。

元々こう言うペースなのかもしれないが、 もしかしたらステラの元に連絡を取るのを遠慮しているのかもしれないと思ったのだ。

偶に魔法少女四人揃ってオフで会う事もあるのだが、その時にも睡はステラに対する気持ちを、 他の二人には微塵も見せない。

四人が解散した後、ステラがぽつりと呟いた。

「……やっぱ睡は強いなぁ……」

 その呟きを聞いたサフォーがステラに言う。

「ご主人様、睡様の事が気になるんだったら、ご主人様の方からメール送ったりしても良いと思うケコよ?」

 それに対して、ステラは気まずそうに頭を掻いた後、半ば自分に言い聞かせる様に答える。

「それはあかん。

下手にこっちから連絡頻繁にとって、下手な期待を抱かせるのは良くない。

私はまだ答えを出しかねてるから、いらない期待を持たせるのは、それこそ残酷な事なんじゃ無いの?」

「ケコォ……」

 今言ったとおり、ステラはまだ答えを決めかねている。

 家に帰り、店長に作ってもらったトルマリンの指輪を眺めるステラ。

そろそろ落ち着きはしてきたけれども、現実を受け入れる事が出来ているのか。

 ふと思う。自分は睡の気持ちを受け取ると言っておきながら、その気持ちから逃げているのでは無いかと。

睡の優しさと心の広さに甘えて、結論を告げるのを先延ばしにしているだけなのでは無いかと。

 本当はもう答えは決まっていて、素直に受け入れる事が出来ていないだけかもしれない自分に気付き、ステラは一粒、 涙を落とした。

 

†next?†