第十四章 セレスタイト

「ヒギャァァァァァァ!」

 久しぶりにバイオリンケースに入れている秘蔵コレクションを眺めていたステラが、突然叫び声を上げた。

「ご主人様、どうしたケコ?」

「サフォー、これ、これ……」

 頭の上から不思議そうに声を掛けてきたサフォーに、ステラが手に持っていた石の結晶を見せる。

すると、サフォーも口を大きく開けて叫びだした。

「ゲゴォォォォォォォ!」

 頭を抱えて俯くステラと、床の上に転げ落ちてのたうち回るサフォーを見て、 ルーベンスがステラの持っていた結晶をまじまじと眺める。

それから、ステラにこう言った。

「んも~、この結晶欠けちゃってるじゃ無いケコか。もっと硬い他の石と一緒にごっちゃごちゃ入れてたでしょ?」

「ふげぇぇぇ……

セレスタイトが、セレスタイトが……」

 先端の少し欠けた結晶を撫でながら、ステラがルーベンスに訊く。

「セレスタイトって見掛け硬そうだったからむき身で大丈夫かと思ってたんだけど、そうでも無いの?」

 すると、ルーベンスが困ったような顔をして答えた。

「ん~、あたしは青い石の事はわかんないのね。

このケースの中青い石ばっかだから、サフォーに訊いた方が良いんじゃ無い?」

 それを聞いたステラは、早速サフォーを撫で回して言う。

「ねぇサフォー、このケースの中にセレスタイトより硬い石って有る?」

「ケ、ケコ?」

 ステラの言葉に、サフォーはよたよたとバイオリンケースの中に潜り込む。

そして、暫くしてサフォーの悲鳴が聞こえてきた。

「どしたん?やっぱ硬いの有った?」

 心配そうにそう訊ねるステラの目の前に躍り出て、サフォーがぷんすかと怒りながらこう言った。

「有ったってレベルじゃ無いケコよ!

なんでセレスタイトより硬いフローライトを厳重に梱包して、セレスタイトをむき身で入れてるケコか!」

「え?セレスタイトってそんなに柔いの?」

「セレスタイトのモース硬度は約三!

フローライトのモース硬度は約四!」

 サフォーの言葉を聞いて、ステラの顔から血の気が引いていく。

モース硬度というのは、石の硬さの指標となる数値である。

この数値が低いほど柔らかく、高いほど硬い石と言う事になる。

フローライトが柔らかい石であるというのは有名なのでステラも警戒していたのだが、 まさかそのフローライトよりもセレスタイトの方が柔らかいとは思っていなかったのだ。

 そんな訳で、セレスタイトよりも硬度の高い石と一緒にごちゃごちゃとケースに入れておいたのだが、 それは欠けてしまうだろう。

「ご主人様、今からでも遅くないケコ。

石を全部丁寧に梱包するケコ」

「へい……」

 がっくりと肩を落としたステラは、とぼとぼと台所へと向かい、フリーザーパックを分けてもらってきたのだった。

 

 春休みも終わり、学年が上がったステラと匠だが、二人は相変わらず同じクラスだった。

「一年の時から同じクラスだし、腐れ縁だね~」

「えー、ステラは私と同じクラスなの、嫌?」

「嫌な訳じゃ無いけど、どういう確率だって言う気はするね」

 始業式後にそうやって笑い会う二人の元に、突然メールが届いた。

何かと思い携帯電話を広げると、そこには睡が怪我で入院したという旨が書かれていた。

もしかして、魔法少女業で事故にでも遭ったのか。そう思った二人は、少しだけやりとりをした後に、 匠から入院先などの詳細を聞くメールを送る。

 それから暫く。返ってきたメールには、明日にでも退院出来るという事と、 心配してくれてありがとうと言う事だけが書かれている。

「相変わらず事後報告なんだねあの子は」

 ステラがそう溜息をつくと、匠が携帯電話を畳みながら言う。

「もう少し私たちの事を頼ってくれても良いのにね」

 そんな話をしている間にも、担任教師がやってきてホームルームが始まる。

幸先の悪い新学期だなと思いながら、ステラは教師の話を聞いたのだった。

 

 そしてある日の朝方、茄子MANのバイト先に現れた、先日とは違う強盗犯をステラが追いかけていた。

いくら魔法少女に変身していても、バイクに乗られてしまうと追いかけるので精一杯だ。

「てめぇコラ待て!」

 息を切らせながら追っていると、突然目の前が光り、強盗犯の乗っていたバイクを大きな緑色の物が絡め取った。

「強盗さん。警察が来るまで、ここで大人しくしてくれないかな?」

 そう言って歩み寄ってきたのは、先日退院したばかりの睡ことクラブナイトだった。

「おう、クラブナイト。サンクス」

「ダイヤキングもお疲れちゃん」

「しっかし、モウセンゴケの種なんてどっから仕入れてんの?」

「え?苗が売ってるから家で栽培してるんだ」

 そうこうしている間にも、後ろから追ってきていた警察が到着。二人は軽く挨拶をしてその場を去った。

 

 物陰に隠れた二人は早速変身を解こうとしたが、ステラが何かを思い出したように帽子の中を漁り始めた。

「あれ?どうしたの?」

 不思議そうな顔をする睡に、ステラは帽子から取

り出した、小さなセレスタイトの結晶を渡す。

「これあげるよ。 この石、セレスタイトって言うんだけど、手術後の体力回復に効くって店長が言ってたから、 術後の睡にって思ったんだよね」

 その言葉に、睡はほのかに頬を染めてセレスタイトを受け取る。

「ありがとう。大事にするね」

 結晶を握りしめた手を胸に当ててから、睡は変身を解く。それを見てステラも変身を解いた。

それから、今日はどうせ休日だし、久しぶりに会ったのだから少し話をしていかないかという睡の言葉に乗って、 ステラは朝メニューの始まったばかりのファーストフード店へと向かった。

 

 人がまばらな店内で、一番安いセットメニューを食べながら話をする二人。

その中で、魔法少女業の期限についての話題が出てきた。

「そう言えば、高校卒業したら魔法少女も卒業だね」

 ステラのその言葉に、睡は少し残念そうな顔をする。

「そうだね。

結構やりがいはあるから、少し寂しいかも」

 何故魔法少女が高校卒業までなのかというと、高校卒業後は一般的な生活に戻って、 普通の人間として社会生活を送って欲しいと言う『鏡の樹の魔女』の方針故だ。

今までの魔法少女もそうだったし、これからもそう。

 ステラは今後社会生活を送る上で、魔法少女を何時までも続けるのは障害になると思っているので異論は無い。

少し寂しいと言っている睡も、その事は解っている。

 ふと、睡が呟いた。

「ねぇ、私たちが魔法少女じゃ無くなっても、ステラは私の友達で居てくれる?」

 突然何を言うのかとステラは思ったが、折角繋がっている縁を簡単に断ち切るのも躊躇われるのでこう返した。

「まぁ、会える回数が少なくなると疎遠になったりはするかもだけど、お互い都合の付く時には一緒に遊ぼうよ。

その時は、魔法少女業のことは抜きにしてさ」

 ステラの言葉に、睡は嬉しそうに笑みを零す。

ステラもそれを見て、思わず笑顔になったのだった。

 

†next?†