第十章 ガーネット

 ある日の事、放課後バイトも無く、浅草橋の石屋を観ていたステラ。

その店はアイボリーセンターだけで無く、周辺のビーズ屋と比べると新しい店なのだが、 開店当初から質の良い石を取り扱っていると悠希から聞き、最近まめに足を運んでいる。

サフォーの大好物である青い石も、ルーベンスの大好物である赤い石も、 どれもおいしそうだと二匹はこの店に来る度に大興奮だ。

よだれを垂らしながらも大人しく肩に乗っているルーベンスとは対照的に、とにかく味見をしたがるサフォーは、 毎回事前に鞄の中へと詰め込まれている。

 本日もサフォーを鞄に詰め込んでから店に入った訳だが、そこでステラは店員では無く男性客と話をしていた。

彼もこの店の常連で頻繁に訪れてきている様で、ステラと会う事も多いのだ。

 ただ会う回数が多いだけならステラも話しかける事は無かったのだが、話しかけた理由があった。

彼も、頭の上に緑色のカエルを乗せているのだ。

びっしりと緑色の石を背中に敷き詰めたカエルを乗せる彼は、 当然スピリチュアルな存在である宝石ガエルに気付いている筈も無い。

 ステラは始め、これだと勝手にカエルが商品を食べるのでは無いかと心配して話しかけたのだが、 当然カエルの事を言い出せるはずも無く、彼と石の話をするだけに留まっている。

ただ、安心出来た点が一つ。その緑色のカエルは、無尽蔵に石を食べようとしたりしないどころかよだれすら垂らさず、 常に毅然とした態度で頭の上に佇んでいるのだ。

その態度を観てステラはいつも思う。 サフォーに爪の垢煎じて飲ませたい。と。

 そんな訳で偶に頭の上に視線をやりながら話している訳だが、いつもは緑や青のフローライトばかりを手に取る彼が、 珍しく二ミリ玉のガーネットの束を手にした。

「あれ?今日はフローライトを見に来たんじゃ無いんですか?」

「ああ、ちょっとガーネットで作りたいアクセサリーがあって。

今日はこれを買いに来たんですよ」

 偶に視線を泳がせながらそう言う彼。

この店のは穴の大きさが安定してるから、ビーズ編みするのに良いんですよ。と微笑んだ後、 店員を呼んでどの連を買うか選び始めた。

 これは邪魔してはいけないなと思ったステラは、鞄の中で騒ぐサフォーに布越しにチョップを入れた後、 他の石を見て回った。

 

 それから数日後、学校の休み時間中に、匠からこんな事を訊かれた。

「ねぇ、お兄ちゃんがステラのバイト先に行ってみたいって言ってるんだけど、紹介して良い?」

「え?それは勿論一向に構わないんだけど、なんでわざわざ私に確認取るの?」

 ステラが疑問を口にすると、匠が拗ねたような顔で答える。

「なんかこのままだとステラの方がお兄ちゃんと会う機会多くなりそうなんだもん」

「なら匠の方から会いに行けば良いじゃ無い」

「行きたいんだけど、バイトとか諸々が有るからなかなか行けないの」

 言われてみればそれもそうだと納得するステラ。

取りあえず、兄の事を心配する匠に、恋人とかになる気は無いからと何度も重ねて説明したのだった。

 

 それから数日後、ステラが店番をしていると、風変わりな二人組の客がやってきた。

黒い外套を羽織った袴姿の客と、それとは対照的にケープ付きの可愛らしい、レースの付いた白いコートを纏う客。

一瞬変わったカップルだなと思ったが、袴の客の方を観ると知った顔だった。

「あ、悠希さんお久しぶり」

「ステラさんもおひさしぶり。今日は友達を連れてきたんだ」

「あ、お友達なんだ」

 悠希の言葉を聞いて妙に納得する。

正直な所、悠希は見た目はそれなりなのだが中身がいかんせん頼りないので、 そうそう恋人が出来るとは思っていなかったのだ。

 取りあえず店内を見てもらう事にして、ステラは二人から少し距離を置く。

それにしても随分と可愛い女の子の友達が居る物だと悠希の友人の様子を見ていると、 その友人の背中に見覚えの有る物がへばりついていた。

最近よく行く石屋で話をするあの彼の、頭に乗っていた緑色のカエルだ。

一瞬ステラの顔が固まる。

あのカエルが頭に乗っていないのはおそらく、 ご主人様の頭の上に可愛らしい大きなリボンが乗っているからなのだろうが、 そもそも何故あの彼が頭にリボンを乗せてこんな可愛らしい女物の服を着ているのかが解らない。

いやしかし、そもそもカエル違いであの人は別人かもしれない。そう考え始めた所で、ルーベンスがステラに囁いた。

「ご主人様、なんであの人には挨拶しないの?

お友達じゃ無いの?」

「え?お友達って……」

「いつもあの石屋さんでお話ししてるじゃん」

「いや、人違いかなって……」

「人違いじゃ無いケコよ。

いつものカエルが乗ってるでしょ?」

 やっぱり人違いじゃ無いのか。しかし、知り合いにいきなり女装して来店されて、戸惑わない訳が無い。

 そうこうしている間にも、悠希とその連れは石を見ながら話をしている。

「色々有るね」

「そうだね。そう言えば、悠希さんはこのお店に来た事有るの?」

「ううん、僕も妹に聞いて初めて来てみたんだ。このお店でブレスレットを作ってもらったんだって」

「あ、あの青虎とラブラド、このお店のなんだ」

 その会話を聞いて、ステラはやはりといった顔になる。

聞き覚えの有る声なのだ。

ふと、背中に張り付いているカエルがステラの方をちらりと見て、一礼する。

これはもう、確実にあの彼なのだろう。

 ステラはどうしたら良いのか一瞬解らなくなったが、とにかくここは自分の職場だ。接客をしなくては。

そう言い聞かせて悠希達に声を掛けた。

「所で、今日はどの様な物をお探しですか?」

 その言葉に、悠希が連れの方を見てから答える。

「この人がお守りが欲しいって言うから、匠にこのお店を紹介してもらったんだ。

カナメさん、どんなお守りが欲しいの?」

 悠希の問いに、カナメと呼ばれた彼がステラの方を少し見て、視線を泳がせながらおずおずと言う。

「あの、僕の彼女が結構危険な仕事をしているので、そのお守りになるような物が無いかと思って来たんですけど……」

 その風体で彼女が居るのか。ステラは思わずそうツッコみたくなったが、ここでは彼も客の一人、 敢えて気にせずカウンター前の椅子を勧める。

「そうですねぇ、危険な仕事の災難除けとなると、やっぱりオニキスとか水晶の魔除け系統の石が無難かなと思うんですが、 どの程度危険なお仕事をされているんですか?」

「えっ……と、彼女が軍属なので、結構生命に関わるというか……」

 その風体で軍属の彼女が居るのか。更にそうツッコみたくなったが敢えて触れずに、 頭の中で店長の言葉を思い浮かべる。

対人関係や事故に対する対応となると厄除けが良いのだろうが、軍属となると明らかに殺意を向けられる事も多いだろう。

そうなると適しているのは身代わりだ。

確か身代わりになってくれる石が有ったはず。

そう思いながら棚を眺めていて、思い出した。

「そうですね、軍属の方ならガーネットなんかが良いんじゃ無いでしょうか?

ガーネットは持ち主の身代わりになってくれる石なんですよ」

「身代わり……ですか?」

「そうです。

身代わりになったガーネットは色が黒く沈んでしまって使えなくなるんでその都度取り替えないといけないんですが、 命の危険レベルとなると、 ガーネットの身代わりと、オニキスの厄除けを組み合わせた物が良いんじゃ無いかと思います」

 その言葉に、カナメはガーネットの入れられた棚を見ながら考え込む。

少し考えてから、顔を上げてステラに言った。

「それじゃあ、それでお願いします。

それで、あの、軍の規則でアクセサリーは着けられないので、携帯ストラップとかそう言うのでお願いしたいんですけど、 出来ますか?」

「勿論、ストラップもお作りしますよ」

 作る物が決まった所で、ステラはタオルの上にガーネットを取り出す。

一珠ずつカナメに選んでもらう訳なのだが、突然カナメの背中から緑色のカエルがカウンターの上に飛び乗ってきた。

もしかして喰う気か?ステラはそう思い一瞬身構えたが、カエルは食べる素振りなど一切見せずに石を見つめながら 、そっと一珠ずつ指でつつく。

すると、そのつついた石をカナメが選り分けていく。

その様子を見てステラは、静かに石を選んでくれるなんて、本当に出来たカエルだなぁ。 と、サフォーの方をちらりと見たのだった。

 

†next?†